2231(仮) 第四話

「便宜上真境名さんと呼ばせてもらうが、アンタ、何者だ?」

 両方とも袖を捲った米利刑事は、拘束衣を着て両手に手錠をかけられた真境名先生と向き合っている。僕があの椅子に座ってから、ほぼ一週間。こうやって、客観的に見るとは思わなかった。

「登録された住所からは、身元不明の仏さんが発見された。異臭騒ぎが起こらないように、見事な事後処理がなされて、だ」

 「見事」のところで、彼は「どうも」と笑みを浮かべた。

「現物をご覧になられたんですか?」

 米利刑事は、後ろに控えている織林刑事に視線を送る。彼女は怯えた様子で首を縦に振った。米利刑事は手元の資料に視線を落とす。

「報告書によると、何事もなかったかのように綺麗な現場だった、そうだ」

 中身を読み上げながら、添付の写真でも見ているらしい。

「あのボロアパートの部屋でコレ、か。その手の趣味でもあんのかい?」

「いいえ。ただ、騒ぎにはしたくなかったので」

 真境名先生は、拘束具も手錠も全く気にならないらしく、学校ですれ違う時と同じ調子で、淡々と答えた。米利刑事は「騒ぎにはしたくなかった、ね」と呟きながら、真境名先生をジッと睨みつける。鋭い視線にも、微塵もたじろぐ様子はない。

「そろそろ名前ぐらい、教えてもらってもいいんじゃないかな。コレから、長い付き合いになるんだし」

「私は、真境名大吾。最近、やっと非常勤の職を得たスクールカウンセラーですよ。それでいいじゃないですか」

 真境名先生は、不敵に笑った。米利刑事は微かなイラ立ちを顔に出しながら、平静を装って例のラムネを彼の前に突き出した。

「コレはなんだ?」

「見ての通り、ただのラムネ。ただの駄菓子ですよ」

 真境名先生はラムネのボトルを舐め回すように見る。

「おや、未開封ですね。せっかくのプレゼントを」

 彼の視線が、マジックミラーを通して僕に向けられた。向こうからは見えていないはずなのに、そんなことは無関係とばかりにその目は僕を威圧する。

「ラムネのことなら販売元か、製造元に聞いてくださいよ。私に質問されても、お門違いだ」

 真境名先生は、拘束も不本意だと言わんばかりに、米利刑事にアピールする。

「カッコーだったか、ダイブだったか。当日のレシートはまだありますから、調べてもらって構いません。もっとも、渡した彼に訊いてもらう方が早いかもしれませんが」

 真境名先生は再び、僕を見た。

「しばらく帰っていない部屋で死体が発見されただけ、ですよね? 赴任先の生徒が亡くなったのも、私と何の関係があるのか。証拠不十分でコレは、不当でしょう」

 米利刑事は不満そうな表情を浮かべるが、一呼吸置いて係員を呼んだ。呼ばれてきた人の手で、拘束衣と手錠が外される。真境名先生は両手首を軽く動かしながら、米利刑事が次に何を言うか、待っているように見えた。

 米利刑事は手帳とペンを、真境名先生の前に叩きつけた。金属製の机が、大きな音を立てる。真境名先生は、眉を少し上げ、おどけているように見えた。

「重要参考人の一人であることは変わらない。連絡先の記入、ご協力願えるかな」

 米利刑事は極めて落ち着いた口調で言った。真境名先生はペンを手に取り、軽やかに電話番号、メールアドレスを書き込んだ。米利刑事に手帳とペンを返すと、受け取った米利刑事はその場で番号をコールした。こっちのブースに置かれていた真境名先生のカバンの中から、呼び出し音が聞こえてくる。

「コレでいいですか? あなた方のおかげで、すぐにでも新たな職を探さなきゃならないので」

 真境名先生の問いかけに、米利刑事は回答を保留して、織林刑事の方へ視線を送った。彼女も少々悩んだ様子で、ややあってようやくといった様子で頷いた。米利刑事は、顎で「お前が連れて行け」と無言で示した。織林刑事はビビりながら、真境名先生を連れて部屋から出てくる。

 彼らはこちらのブースへやって来て、真境名先生の荷物を拾い上げた。

「では、また今度」

 真境名先生は、僕らの反応などお構いなしに、にこやかに挨拶して出口へ向かった。隣の部屋から、米利刑事が「クソッタレ」と怒声を上げながら、パイプ椅子を蹴り倒す音が聞こえてくる。手の中のラムネボトルは、ぷるぷると小刻みに震えていた。

「本当にアイツじゃないっていうなら、古谷は誰が」

 僕の隣で、相変わらず右肩から先がない駿が、行き場のない怒りを押し殺していた。この様子だと、左手も出力調整のミスで自壊するかもしれない。彼のようなアスリート用の部品は、部品不足で製造が間に合っておらず、このままでは夏大でレギュラー獲得は絶望的になる。

「蘇生も無理って、どういうことだよ」

 僕は駿に「落ち着け」と促すも、片腕の彼に胸倉を掴まれた。周りの大人が、子どものやり取りに狼狽える。駿の強い怒りが左手に籠っていた。

 向こうのブースから、米利刑事に呼び出された。駿に、先に帰るように伝える。

「古谷のこと、頼むぞ」

「分かってるって」

 駿は僕から手を離すと、スクールバッグを拾い上げて颯爽と部屋を出ていった。案内の大人に付き添われながら、そそくさと出口へ向かう。その背中を見届けながら、入れ違いに玄関から戻ってきた織林刑事と共に、米利刑事のいるブースへ入った。

 米利刑事のイライラも相当高まっているらしく、彼は胸元から未開封の棒付き飴を取り出すと、イチゴの匂いを振り撒きながら口に放り込んだ。

「君もいるか?」

 僕は手で要らないと意思表示すると、彼は「そうか」と、僕の向かいに蹴り飛ばした椅子を持ってきて座った。彼は再びラムネボトルを弄っている。

「コレをアイツからもらったのが、昨日の夕方、だったな?」

 僕は頷いた。

「妹と駅前のダイブで買い物終わりに休憩していたら、たまたま遭遇して」

「駅前のダイブ、で間違いないな?」

 僕が頷くと、彼は手帳にメモを取った。

「製造元は、イチコー製菓?」

「商品もラベルも、製造元も、見覚えがないですね」

 織林刑事が、横から呟いた。彼女からもらった例のマークが、中のラムネにもしっかり刻まれている。彼女が言う通り、ダイブのお菓子コーナー、ポケット菓子でこんな商品を見かけた覚えがない。とはいえ、あの先生が、わざわざココまで作るとも思えない。

「とりあえず、ダイブの製菓担当とイチコー製菓だな」

 米利刑事はそういいながら、僕にラムネボトルを差し出した。僕が困惑していると、彼は「君が持っておいてくれ」と言った。

「嫌ですよ」

「まぁ、そういうなって。ウチも内規があるからさ」

 彼は僕の胸ポケットに、それを強引にねじ込んだ。

「ただ、確認が取れるまでは開封しないでくれよ」

「そんな怖いこと、しませんよ」

 昨夜寝る前には、封を開けて口に入れようとしていた。コレが直接、古谷の命を奪ったかどうかは定かではないが、一歩間違えていれば僕が「死んで」いたかもしれない。そう思うと、余計に持ち歩きたくはないが、自宅で保管するしかないらしい。

 渋々了解すると、米利刑事は椅子に腰掛けたまま、上体を伸ばした。

「調査結果はまだしばらく出てこないし、メシでもどうだ?」

 米利刑事は口の中の飴をガリガリと音を立てて噛み砕き、湯呑みのお茶を飲み干した。僕はその誘いを断って、一度帰宅することにした。

「そいつは残念。じゃ、何かあったらまた連絡する」

 彼は、「織林」と横にいた彼女に声をかけ、僕を自宅まで送れと言った。僕はまだ終わらないことに使命感と徒労間に挟まれながら、女性警官との細やかなドライブを楽しんだ。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。