2231(仮) 第十三話

 気分転換を所望したら、係の人に案内されて屋外の展望スペース(という名の喫煙所)へ連れて行ってもらった。外部の人間には、普段開放されていない場所らしい。駅の方まで行けば、一体になった高い建物、建造物は多々あるが、この辺りでは視界を遮るものは少ない。

 もっと遅い時間、陽が落ちればそれなりに夜景も見えそうだ。海の向こうに見えるのは、尼崎の工場地帯だろうか。もっと西へ目を向ければ、神戸の夜景も見えそうだ。海を背にすると、自分達の住む街が見渡せる。

 日中の曇り空が嘘のように、綺麗な夕焼けが広がっている。その下では、そろそろ夕飯時なんだろうな。釜戸から立ち上る煙なんかも、見える時代があったのかも。後ろで金属の軋む音が聞こえ、振り返ると、米利刑事が缶コーヒーを二つ持って立っていた。

「ホットで良かったかな」

 彼は白っぽい缶と、期間限定っぽいデザインの缶を持ちながら、両方差し出した。僕は白い方を受け取った。しっかり握り締めるには、まだ熱い。雨上がりの夕方とは言え、六月下旬。冷たい方が良かったかも。

「やっぱり、お子ちゃまだな」

 カフェオレを選んだ僕を甘党と言いたいようだが、彼のそれも、それなりに糖分が含まれている。米利刑事は手すりに身を預けつつ、タバコに火をつけた。一気に飲み干した空き缶を、灰皿代わりにする。

「こんなにコーヒーばっかり飲んだら、トイレ休憩も要りますね」

「できたら、その前に終わらせたいな。無理することもないけど」

 米利刑事は、こちらを見ることなくボーッと宙を見つめている。煙の行く先でも眺めているのだろうか。

「僕の意見なんて、必要なんですか?」

 彼は「ん〜?」と小さく唸りながら、僕を見た。

「拒否権なんて、なさそうに思うんですけど」

「自由意志なんか無視して、力尽くで命令しろって?」

 僕が、「その方が、楽なんですけど」と頷くと、彼はすぐには返事をせず、タバコを口につけた。たっぷり間を置いて、煙を長く吐いた。

「権利もないし、義務もない」

 彼は自分を指差し、次に僕を指差しながら言った。

「ただの公務員に、他所様の大切なお子さんを、保護者でもないのに指図する権利はないよ。オレたちは公僕だから、上からの命令には絶対服従。たま〜に現場都合で違反することもあるけど、仕事だからなぁ」

「オトナって、大変ですね」

「誰だって大変だろ。形と大きさ、タイミングが違うだけでさ」

 便宜的にオジサンと呼んでいる米利刑事だけど、年齢的にそこまで離れているようには思えない。お兄さんとオジサンの間ぐらい、周りから見れば若造と呼ばれそうなのに、随分と変わっている。達観というのか、修羅場をくぐっているというのか、その辺りをどう言葉にすればいいのか、僕にはよく分からない。

「なんで僕なんですかね」

 自分より身体的な意味でも頭の出来という意味でも、優れている人は沢山いる。著名な同級生、名家の高校生だっているだろう。どこにでもいる、普通の、もしかしたら普通以下の、ただの男子高校生だ。

「あ、選ばれたとか思ってる? 読書家が主人公気取りだ」

 米利刑事の物言いに、なんとなくイラッとする。さっきの織林刑事も、こんな気分だったのだろうか。

「いいんじゃないの、主人公で。変なところで自信過剰な、特別な自分で結構じゃないか。三文芝居の演出家に同意するのも癪だが、似合ってるんじゃないか?」

 米利刑事の言葉が、イマイチ釈然としない。飲み込め切れていないのに、織林刑事が「そろそろ、再開しますよ」と呼びに来た。米利刑事は僕の缶コーヒーも回収し、飲み残していないかを確かめると、歩きながらゴミ箱に放り込んだ。

 僕はそれを小走りに追いかけて、途中でトイレに寄ってから、署長室へ戻った。署長はすでに、帰宅した後らしい。

「で、どうする?」

 ソファの向かいで、どっしり構えた米利刑事が改めて訊いて来た。

「嫌なら嫌と、言ってもらって構わない」

 隣に座っている織林刑事の方を見ると、彼女は頷いた。

「無理しなくていいからね」

 彼女の優しい声が、逆に僕を追い詰める。

 一瞬壁掛けの時計へ視線をやると、もう間もなく午後六時。そろそろ決断して、帰りたい気持ちにもなってくる。とはいえ、このまま受けて、やり遂げられるとも思えない。

「米利刑事は、どこまでが真境名のシナリオだと思いますか?」

「最終目標、目的は分からんが、ここまでは想定通りだろうな」

 物証を残さず身元不明の死体を作れる彼なら、最初の現場でわざわざマークを残した理由はなんだったのか。意図的に、ここまでくる種を蒔いていたのなら、辻褄は合う。

 チャルカ教の言い分、ザ・シティのいう「協定」や「リセット」の意味するものも全く分からないが、こうなるところまで狙い通りだと言うのなら、舞台に登らない選択肢は無いに等しい。

 そこまで目の前の二人も分かっていて、その上で主導権、決定権を委ねてくれている。できることなら背負いたくない。自由で気ままな、馬鹿な高校二年生で在り続けたいとも思う。でも、このまま逃げ続けたら、アイツに一矢報いることは不可能だ。舞台に上がれば、アドリブのチャンスはあるかもしれない。

「やります。僕に何ができるか、分かりませんけど」

 僕が口を開く前に、米利刑事は顔を見て頷いた。彼は、「よろしく頼む」と手を差し出した。僕の手を強引に取り、無理やり握手させられる。これぐらいの強制は、許されるらしい。手が痛むぐらい、力強い握手だった。

 握手を終えると、米利刑事は机の上の資料を片付けて傍に寄せ、織林刑事に一枚の書類を持って来させた。使い込まれた万年筆が、横に添えられる。

「一応、形だけな」

 機密云々が記載された委任状となっている。日付と署名を書き込むようになっている。印鑑は持ち合わせていない。最後に、苗字を書いて丸で囲んでOKと言うことになった。 念の為、織林刑事がチェックして、コピーを取って原本をファイルにしまった。コピーはクリアファイルに入れて、僕に差し出される。

「今日のところは、こんなところかな」

 米利刑事は、資料の山と、先ほどの書面を指差し確認しながら言った。織林刑事もダブルチェックする。彼女が「OKじゃないですか?」と言うと、彼はソファに腰掛けたまま両腕を左右に開き、両肩を大きく動かした。頭上に掲げ、背伸びもする。

「具体的な話はまた今度な」

 米利刑事は腕時計を見て、「もうこんな時間か」と呟いた。織林刑事は広げっぱなしの資料を、順番に並べ替えて整頓に励んでいる。

「カツ丼でも食って行くか?」

 取調室でないとは言え、まだ警察署の中にいる。現役の刑事に、時代錯誤なそのセリフを言われると困ってしまう。

「奮発して、ちょっといい奴食いに行こう」

「臨時の予算がついたからって、ダメですよ」

 署長室の戸締りを確認していた織林刑事は、一通り指差し確認も終えて、僕らを部屋の外へ追い出した。彼女に持たされていた鍵で、署長室の扉が施錠される。

「たまには上手い奴、食いたくないか?」

「それはそうですけど、一応彼の経費だし」

 米利刑事の言葉に、織林刑事の心が揺さぶられているらしい。そう言えば、さっきの委任状に、経費だ権限だのの記載もあった気がする。どうやら、奢りにしたって、一時的には僕のお金になるらしい。

 家族のいないところで、他所の大人と飲食するのも興味津々ではあるが、「何時ごろになるの?」という母さんのメッセージで、心を決める。

「とりあえず今日は、帰ります」

 僕の言葉に、なぜか織林刑事の方が残念そうな表情を浮かべる。彼女の様子を見ながら、米利刑事は「そいつは、残念だな」とケラケラ笑った。

「送って行こうか?」

 米利刑事は、空中でハンドルを握るそぶりを見せた。僕は、首を横に振った。駅も近いし、バスか電車で帰ればいい。

「じゃあ、コイツだけ」

 米利刑事は、交通用のICカードを取り出した。後払い方式のタイプだ。

「使い過ぎ厳禁。着服は、こうだからな」

 米利刑事は両手首を合わせて見せた。使い放題とは行かないらしい。でも、これで必要な時の交通費は、少ないお小遣いから出さなくていい。

「じゃあ、また連絡するから、それまでは学業に励めよ、青少年」

 特別な権限を行使して、学校をサボるのは無理らしい。玄関で手を振る二人に別れを告げ、目の前の通りに立っているバス停の路線図と、時刻表とを確かめた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。