2231(仮) 第十七話

 薄暗がりをしばらく歩いていると、徐々に普通の施設へ変わっていく。入り口の物々しい雰囲気はなんだったのか、あるいは本当に「閉架」として使われる部分が特殊なのか、そこを抜けると、図書館の下に広がる地下空間とは思えないぐらい、設備の充実した最先端の研究室然とした空間が広がっている。

 もしかしたら、地上の図書館どころか、大学の敷地より広いのでは?

 頭上を見上げても空が見えないぐらいで、それ以外は地上の設備と遜色ない。むしろ、こちらの方がレベル的には上な気もする。

 表沙汰にはできないグレーな人体実験でもしているのかと思いきや、そんな雰囲気も特にない。唯一それっぽいのは、回収されてきた我々と同じタイプの亡骸が、余すところなく部品ごとに分解され、洗浄されてリサイクルされるブースを垣間見たぐらい。

 破損した四肢や、蘇生前のボディで使用していた記憶媒体、遺品整理で形見分けされなかった残りのパーツがどうなるか、それは事前に小学校で学んで知っていたから、特に驚くこともなかった。

 ただ、丸々一人分の人間サイズの素材が目の前で解体され、取り分けられた部品が再び製造のラインへ送られて行くのをガラス越しに見るのは、それなりに衝撃的だった。ああやって回収される部品が、僕にも駿にも入っているのかと思うと落ち着かない。食肉加工の見学に行くと、似たような感覚を得られるのかも。

 現代社会の表には出しにくい部分、隠しておきたい部分がここに集まっていて、ここでしかできない研究、開発があるんだろうなというのも、誰に説明されなくても分かる。一々立ち止まって質問したかったけど、先導しているお父さんは前しか見ていない。こんなところで彼と離れ離れになってしまうと、元いた世界に帰れない気もして、ただひたすら後ろをついて行く。

 彼は手元の資料、印刷された地図に指を走らせ、現在地と地図の関係を照合しながら、壁の案内を確かめる。

「ああ、ここだここだ」

 彼は、目の前の扉を開けた。ガラス張りの部屋に、自動的に明かりが灯る。入ってきたところと似たような書架に見えるが、秘匿具合でも違うのだろうか。彼は持ってきた懐中電灯を、壁際のスタンドに置いた。充電器も兼ねているらしい。

 部屋の中は、純粋に資料、書籍を読むためのスペースになっている。簡素な台と、長く座ると尻が痛くなりそうな椅子しか見当たらない。彼は棚の書架から、分厚く大きな資料を数冊取り出し、台の上に並べた。一番上のものを拾い上げ、ページを捲っていく。

「まぁ、まずはコレからかな」

 お父さんは首から下げたメガネをかけ、中身を確かめながら僕らに見やすいよう、ページを広げた。何かの写真、図とひたすら文字が書かれている。パッと見には何のことだかよく分からない。

 僕と並んでそれをジッと見ていた江辺野さんが、「えっ、嘘」と声を漏らした。彼女は顔をあげ、父親の方を見る。お父さんは小さく頷いた。

「何がどうだって?」

 事情がさっぱり掴めない駿が、江辺野さんに訊ねた。彼女は一度唾を飲み込んでから、口を開く。

「私たちの遺伝子は、オリジナルのホモ・サピエンスとは明確な違いがある。別種の生物だって」

 彼女は資料の図と、文章を指差しながら教えてくれるが、それらが何を指すかはイマイチ要領を得ない。

「でも、そんなのってすぐ分かるんじゃないですか?」

 かつてより人口は減ったとはいえ、何千万人単位の人間がいる。全員の検査は無理でも、一定数のサンプルを調べればすぐに分かりそうだけど。僕の疑問に、お父さんは「全員が、別種の生き物だったら?」と答えた。

「物差しとすべき資料が欠落、あるいは秘匿されていて、比較対象が存在しないとしたら、どれだけ調べたら分かると思う?」

 周りにいる全員が、一定の方向で元のホモ・サピエンスとは違う性質、遺伝情報を獲得しているとしたら、分かるはずがない。じゃあ、比較対象となる『彼ら』はどこへ消えた? たかが200年ちょっとで、全員が死滅するなんてあり得るだろうか。

「でも、お医者さんは流石に気がついたんじゃないの?」

 江辺野さんの追加の質問にも、お父さんは頷いた。

「病気の症例や薬の効き方で、資料と合致しないケースは秘密裏に報告されている。ここには、その記録がすべて集められている」

 お父さんは、この部屋というよりは、地下空間全体を示すように、両手でジェスチャーした。

「報告した人は」

 駿の質問に、今度は首を横に振った。両手を上げ、分からないといった様子で肩をすくめる。秘密裏に処理するのも、ここへ幽閉して有効活用するのも、それほど難しいことではなさそうに見える。処理の方法も、記憶の消去から物理的な破壊、機械の体へ入れ替えて表の街へ戻すなど、いくらでもありそうだ。

 お父さんは積み上げた資料の中から、一番下にある物を引っ張り出した。劣化具合は他の物とあまり変わらないように見えるが、「二七一七・四〜」とラベリングしてある。

「これが一番古い資料だが、『失敗した』という記述から始まっている」

 彼は表紙を捲り、最初の行を指差した。確かに、いきなり「失敗した」のフレーズで始まっている。これが一番古い資料ということは、例の一千年問題も事実なのだろうか。まだ疑問を抱きながら、冒頭の一文に目を走らせる。

「え〜、三〇〇年以上の長期保存により、ヒトゲノムを一部欠損させてしまった。このままでも再生、解凍は可能だが、マスターたちの保存に失敗してしまった罪は大きい。モウイチド、アイタカッタ」

 その後も、遺伝子の解凍を担った担当者の後悔と苦悩とが延々と綴られている。欠損を彼らなりに修復して、今を生きる人間が造られた、と。

「君らのご先祖さんは、それを彼らなりの原罪として受け止め続けてきたようだな」

 お父さんは、僕らの方を見ながら、感慨深げに言った。本来なら絶対的な主人である創造主、マスターたちの大切な遺伝情報をきちんと保管できなかった。その後悔が、似姿である彼や江辺野さんらに対する申し訳なさとして、現れている?

 世代を重ねて薄れてきているのか、少なくとも僕や駿にはそう言った罪の意識はない気がする。機械の身体だからと、人間より下に身を置こうとする輩も確かにいる。

 当事者には、よっぽど罪の意識があったのか、後悔が強かったのか。反省の弁とも、謝罪の弁とも取れそうな、懺悔の告白が長々と綴られている。あまりにも長すぎるためか、途中で強引に切り捨てられていた。

「例の一千年問題と、創造主と被造物の関係は分かったよ。とりあえずな」

 まだ全部は納得してないらしい駿が、「とりあえず」を強調して言った。

「一千年もズラした理由と、ここまでの話をひたすら隠す理由が、まだ分からない」

 駿の質問に、別の資料を見せて答えるつもりだったのか、お父さんは重ねた資料の背表紙を確かめ、パラパラと何冊か開いてみるが、途中でやめた。江辺野さんが見ていた資料も回収し、全て閉じて元の場所に返す。

 彼は懐中電灯を取ると、「ちょっと歩くぞ」と告げ、一足先に部屋を出た。今度は駿を先頭に、資料室を後にする。扉が閉まり、誰もいなくなると部屋の中の照明が、自動的にゆっくりと落ちた。

 先頭のお父さんは、再び手元の地図を丁寧に確かめながら、代わり映えのしない廊下を進む。左右のブースやドア横のラベルを見れば少しずつ移動していることは分かるのだが、風景としての変化が異常に少ない。上下移動もいつの間にか坂を登ったり降ったりしていて、今、自分達が地下南海にいるのかもよく分からない。東西南北も、今どちらを向いて歩いているのか、全くもって判然としない。

 一風変わって、今度はそれぞれの小部屋にジオラマっぽいものが展示してある区域にやって来た。歴史的な建造物や、世界的な絶景を模している部屋もある。我々はその中でも、あまり楽しくないエリア、歴史的な出来事の区分に案内された。戦争被害を模したジオラマだ。

 お父さんは無造作に、そのうちの一つに入った。駿、江辺野さんに続いて、中へ入る。この光景は教科書や広島の資料館で見たことがあった。あまりの光景に目を転じると、向こうには長崎、少し右に視線を振ると、焼け野原になった大阪や東京の様子もリアルに再現されている。

 記憶と異なるのは、ジオラマに付された年号。三〇一四年の出来事となっている。

「一千年、時間をズラしたのも、詳細な情報を秘匿するのも、理由はコレだ」

 目の前の光景に、さっきまで元気に見えた駿は、塩を振った青菜のような顔を浮かべた。流石にこれは、しばらく言葉を失ってしまう。

「我々と君らの先祖の間で起きた、一〇〇年に及ぶ全面戦争。カルワリオ協定は、その時に結ばれた停戦協定だよ」

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。