2231(仮) 第十八話

 我々が二十世紀前半の出来事と教わっていた光景は、我々の先祖が二〇〇年以上前に作り上げたものだったとは。元の出来事より、後から重ねられた出来事の方が、幾らか凄惨だった可能性も否めない。

 自分達がしでかした事を、物言わぬ先人たちの仕業だと押し付けてまで、チャルカ教やザ・シティは真相を覆い隠した。

「理性がある自分達なら、野蛮なことはしないはず。その目論見が外れるどころか、野蛮人と見做した過去の愚か者より、酷い暴力性を見せたんだ。二度と繰り返さぬよう、そして思い出すこともないように、その歴史を丸ごと無かったことにする」

 一〇〇年に及ぶ戦後処理、世界中の復興作業を進めながら、世代を積み重ねるごとに記憶の洗浄も進め、争い記憶と長い空白の時間とを埋めていった、と部屋の片隅にあったプレートには書かれていた。

「二〇〇〇年代、この辺りで万博があった頃の生活水準、科学水準を再現して、一千年分暦をズラせばちょうど良い。チャルカ教やザ・シティの代表団で作られた方舟委員会は、いつの間にかそう決めた」

「そして、それがバレないように、世界中に散ったザ・シティの面々が総力を上げて口裏合わせに力を尽くした」

 お父さんの説明を受けた駿の呟きに、お父さんはしっかり頷いた。NASAやJAXA、天文学の専門家たちも完全に騙す、ザ・シティ。とんでもない科学力と結束力だ。実行力も半端じゃない。

「で、どんな取り決めを?」

 駿の問いに、彼はジオラマの合間を縫って進み、会議室で何かを掲げているシーンのブースへ移動する。僕らもその後を追いかけた。第二次世界大戦時の停戦協定の何かだと思わされてきたが、これが本当は「カルワリオ協定」の調印式だったらしい。

 横に設置してあった、解説のパネルに目を通す。

「二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、全ての人間に制御装置を取り付け、双方の諍いが限度を超えた場合、協定違反としてリセットを実行するーー。制御装置?」

 僕の疑問に、お父さんは「ああ、それか」と拾ってくれた。

「僕らにも、君らにも、強制的に自死する装置、プログラムが組み込まれている。字義通りの、セントラルドグマとして」

 生物学的な用語では確か、遺伝情報の伝達経路、基本的には一方通行に流れ、滅多なことでは逆転しないルール、法則みたいなもののこと、だったか。まさに、生きていく上での中心教義。チャルカ教やザ・シティの取り決めで、さらにソレが足されている。外れる事を許されない、強い戒律として。

「彼らはソレを操り人形、ピューパと呼んでいる」

 お父さんの言葉に、今度はさっきから何かを考え込んでいた江辺野さんが口を開く。

「フィロウイルスっぽい症状は、そういうこと? 非暴力の糸車も、随分良い趣味してる」

 娘の物言いに、父親は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。僕と同じくピンと来ていないらしい駿が、「どういうこと?」と彼女に尋ねた。

「エボラとか、マールブルグを引き起こすウイルスは、同じフィロウイルス科で、フィロの名前の通り、細長い糸みたいな形をしてるの。フィロって、ラテン語で糸って意味」

「だから、つまり?」

「操り人形の糸が切れたら、どうなるか」

 江辺野さんの答えを遮って、僕が駿に答えた。非暴力不服従の象徴、偉大なガンジーも使っていたと思われる糸車の名前を、彼らは名乗った。

「暴力ではなく、ルール違反の罰則、か」

 自分の呟きに、我ながら嫌悪した。ビルトインの機能をオンにしただけで、暴力は振るっていない。そんな詭弁でニコニコ微笑みながら、平和な偽りの歴史をみんなで紡いでいる、と。

「とんでもない詭弁だな」

 駿は怒りを含んだ様子で言った。静かに沸々と感情を昂らせているらしい。その心情を察したかどうかは定かではないが、お父さんは「ちょっと、休憩しよう」とジオラマの間を抜け、ガラス張りの展示スペースを後にする。僕らもその後に続いて、部屋を出た。

 ここまでやって来る途中にも何回か横切った、自動販売機の設置してあるブースに向かうらしい。広大な空間故に一箇所だけではないらしく、既にいくつか見つけている。食堂やカフェテリアっぽい施設や、仮眠施設っぽいものも、一定区間ごとに設置してあった。

 比較的近く、ゆったりと広めの休憩スペースにやって来た。お父さんは僕らをテーブルにつかせ、人数分の水を持って来てくれた。

「君の言う通り、我々は詭弁と嘘で平和を成り立たせてきた」

 お父さんは駿の方を見ながら、優しい声で言った。

「そのおかげで、長らくリセットは回避できていた。少なくとも、今までは」

「何を思ったか、チャルカ教はそれをひっくり返しに来て、今に至ると」

「だからお前、あの時あんなこと言ったんだな」

 駿が江辺野さんのことを、「お前」と読んだ瞬間、お父さんの肩が一瞬ピクっと動いた。二人はそれを気にすることなく、お互いのやり取りを繰り広げている。

「でも、口外禁止だったんですよね?」

 僕がお父さんに質問すると、彼は頷いた。

「詳しいことは話していないさ。我々と君らの間で喧嘩が起きそうになったら、止めなさいとだけね」

 父から娘への教え方がよほど真に迫っていたのか、ここでは話しにくいことを彼女に伝えていたのか。どちらが真実かは分からないが、教室での彼女がなぜあんな振る舞い、言動をしたのか、その理由はよく分かった。

「方法はさっぱり分からないけど、真境名はそのピューパを起動する装置を持っていて、個別に数人殺害した」

 チャルカ教か、ザ・シティが放った実行部隊の可能性もまだあるが、それにしては周りの動きと噛み合わない気がする。彼が直接、大量殺戮を目的としているのなら、ピューパの使用頻度や、情報漏洩のきっかけもイマイチ腑に落ちない。

 ここまでお膳立てすれば、あとは勝手にリセットが起こると踏んでいるのだろうか。でも、それなら彼も、セントラルドグマによって息絶える。周囲を巻き込んだ手の込んだ自殺劇を、わざわざ僕みたいな奴を巻き込んでまで実行する意図も見えてこない。

「あのマークは、とんでもない世界への入り口かと思ったのに」

 彼女は、通路の要所要所に掲げられている『塔』のマークを見上げた。わざわざバスを降りて、彼女と共に命輝保育園の周りを嗅ぎ回っていた頃の緊張感は無くなっている。

「とんでもない世界なのは間違いないだろ」

 駿は、周囲に視線を配りながら言った。彼の言い分も最もだ。

「でも、パンドラの匣ではなかったし、開く役も僕じゃなかった」

 リセットの脅威が現実化すること、もしくは一千年ズレていたという事実、二つの人間に争いの火種をもたらすことがパンドラの匣、もしくは開けたことによる厄災だとするなら、直接的なきっかけは、チャルカ教のグレゴール十八世だ。彼と出会い、握手はしたが、単なる外部端末の一つに、日本の片隅、それも大阪の一角で出会った一人の人間に、大きな影響をもたらせるとは思えない。

「で、何かヒントは掴めたかな? 君らに見せて欲しいと言われたものは、全て見せたはずだけど」

 お父さんは、場を盛り上げるためか、気持ちを切り替えるためか、明るい口調で言った。未曾有の危機がチラつきつつあると言うのに、なんとも能天気だ。江辺野さんは口には出さなかったが、「こんな父親でゴメンね」と表情で伝えて来た。僕は首を横に振り、「とんでもない」と返した。

 もしかすると、色んな情報へ触れる前より、「分からない」が膨れ上がったかもしれない。特に、真境名の意図や目的に関することについては、どんどん分からなくなって来ている。

「ちなみに今、何時だっけ」

 江辺野さんがお父さんの時間を尋ねると、彼は腕時計を確かめた。既に夕方六時を過ぎている。家に連絡しないと、また文句を言われてしまう。米利刑事との連絡も、真境名を見失ったという一報から途絶えている。そろそろ、何か来ているかもしれない。

 早々に例のロッカー、そこへ仕舞い込んだケータイの元へ戻らねば。

 小さな紙コップに残っていた水を飲み干し、四人分のカップをゴミ箱に放り込む。戻る準備を整えたのに、江辺野さんのお父さんは、テーブルの上で地図を確かめていた。

「非常に申し上げにくいんだけど、今から戻っても、上の図書館が施錠されちゃうんだよね。セキュリティ以外の電源も必要最小限に切り替えられちゃうから、ゲートが開かないんだ」

 彼は地図を見ながら、「どう頑張っても、間に合わないよなぁ」と呟いた。別々の経路へ指を走らせるが、その度に首を傾げる。いつの間にそんなに歩いたのだろう。

「そうだよね。家に連絡はしたいよね」

 彼は僕らの方を一瞬見て、再び地図へ戻った。あんまりない緊急事態らしい。彼は何度か地図をなぞり、行く先を決めたらしい。

「よし、一旦宿泊施設へ向かおう。そこまで行けば、外部への連絡もできる」

 彼は地図を握り締め、休憩スペースから足を踏み出した。

「つまりそれって」

「今夜は、ここで泊まってもらう。いやぁ、本当に申し訳ない」

 彼の背中に投げかけた僕の質問に、彼は首だけ振り返って、たははと力無く笑いながら答えた。偉いことになったなと、駿と江辺野さんの方を見ると、彼らは非常に嬉しそうな表情を浮かべ、嬉々として先導者の後をついていく。

 僕は最後尾で「マジかぁ」と呟くと、「早く来ないと迷子になるぞ」と、曲がり角でこちらに向かって叫ぶ駿のところまで、走ることにした。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。