2231(仮) 第二〇話

 微かな肌寒さに目を開けると、寝る前に見たものとは違う天井が広がっていた。寝入る前の記憶にある天井も非常に殺風景だったが、今目の前に広がっているのはそれに輪をかけて殺風景な、手術室っぽい様相を呈している。

 そう言えば、自分が寝ているベッドも若干硬い。デスゲームの控え室、セーフルームみたいな寝室だったけど、寝具はもう少しまともな物だった。掛け布団も薄いを通り越し、ドラマや映画でたまに見る、手術の時に上から掛けられるあの布に似ている。おまけに、素肌に直接、上下の布の感触を感じていた。

 夢遊病の気が全くないとは言わないし、暑さで寝ながら寝間着がはだける事もないとは言わないが、流石に部屋も寝具も何もかもが変わっているのは異常すぎる。どうやら、下着も着けていないようだ。

 ゆっくり上体を起こし、周囲の様子を探る。手を伸ばせば届きそうなところに、自分と同様の状態で寝かされていたのは駿ではなく、桂花さん。駿がどこかに行ったと言うよりは、僕らが寝ている間に連れてこられたのだろう。彼女もどうやら、布の下は素っ裸のようだ。薄い布が作る線に、つい目を背ける。

 彼女はどうやら、まだ深い眠りについているらしい。静かに寝息を立てている。僕は布をしっかり腰に巻き付け、股間の間で揺れるものをできるだけ意識しないよう、手術台っぽいベッドから降りた。ベッドの周りにある機材を避けると、甲高い金属音が部屋中に響き渡る。

 周囲はそれほど広いとは思えない、簡素な手術室といった印象だ。素足にリノリウムの床というのが、なんとも気持ち悪い。中途半端な冷たさも、身体に悪そうだ。

 一体ここはどこで、駿やお父さん、空湖さんはどこへ行ったのか。そして今はいつ、何時なのか。脱出は容易でなくても、せめて厚手の毛布、ブランケットぐらいは探し当てたい。

 調度品や作り付けの棚、備品が少なそうなこの部屋には、余計なものは一つもなさそうだ。隣の部屋へ続くドアノブを見つけた。静かにドアノブを回し、そちらへ移動する。正体不明の端末が所狭しと並ぶその部屋は、今までいた部屋の様子を詳細にモニタリングする施設らしい。さっきまでベッドに寝ていた僕のデータや、桂花さんのものっぽいデータも、壁際にいくつも並んだモニターに映し出されている。

 その横は、大きなガラス、透明なアクリル材でできていた。奥の様子がよく分かる。SF映画で時々見かける、巨大な培養槽みたいなものが目についた。その中で、女の子だろうか。小さな子どもが胎児のような格好をして浮かんでいる。

 さっきのモニターにも、あの子のデータが出ていたりするのだろうか。奥の部屋を注視しながら、周囲の様子を探っていると、向こうの部屋で動いている人影を見つけた。透明な仕切りに近付いて、その人物をよく観察すると、彼は時折培養槽周りを気にかけながら、周囲の機械を弄っている。

 白衣を着たその人物が、一瞬、こちらを見た。両方とも義眼の、心情が今ひとつ掴めないアイツ。そいつは手元のスイッチを押し、横にあるマイクに向かって喋り掛けた。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 クリアな音で、声が聞こえてきた。どこかにスピーカーでも仕掛けられているらしい。

「主演の出番にはまだ早い。もう少し寝てもらってもいいですよ」

 彼はそこで一旦マイクのスイッチを切り、端末の前にあるキャスター付きの椅子に腰掛けた。培養槽の中に浮かぶ子どもを見て、椅子に座ったままマイクの前に移動する。

「君たちの遺伝子は素晴らしいですね。まさかの安定率一〇〇%だ」

 スピーカーから聞こえてくる声は、心底喜んでいるようだった。これまで聞いた彼の言葉としては、最も感情が籠っているように思える。

 こちらの部屋にあるモニターをよく見ても、彼の言いたいことはイマイチ分からない。一〇〇%という割には、別の何かは進行中っぽい表示を出している。こちらから向こうの部屋へ通じるドアはなさそうに思える。さっきまでいた部屋の、別の出入り口を探すしかなさそうだ。

 この部屋自体が奥の部屋、隣接する部屋のモニタールームというのなら、こちらから向こうへ話しかける装置もありそうなものだ。どの端末、机がどういう用途なのか皆目見当が付かないまま、それっぽい機材を探して一つ一つ確かめていく。向こうでヤツが操作しているものと良く似た、マイク付きの筐体を発見した。脇のスイッチを押せば、向こうとのやりとりが出来そうだ。

「出来損ないの人モドキも、君のような機械人形も、無駄でも繁殖させてみるもんだなぁ。想定外の奇跡が起こる」

 こちらが何かを言う前に、向こうの言葉が続く。相変わらず、何の話をしているのかが分からない。連続の不意打ちにめんを食らっていると、見た日向こうから一方的な通知が届く。

「さて、予備は十分だが、もう一発よろしく願おうか」

 彼は、横に置いてあった蓋付の細い管二本を、丁寧な手で取り扱い、こちらに見せつけるように持ち上げた。

「一体、なんの話だ?」

「イマドキでも、高二なら流石に分かるだろう」

 彼は細い管を慎重に元の場所へ戻し、椅子から立ち上がって培養槽を差した。

「あんな無粋なやり方は一回でいい。君も、女を知らぬまま親になるのは嫌だろう?」

 彼は再び目の前の端末に向き合い、キャスターが転がって自然と離れていった椅子を引き戻した。

「それとも、据え膳も食わん腑抜け野郎か? 新人類のアダムとイヴにしては、情けない話だな」

 向こうは、これ以上の会話は無駄だと言わんばかりに、マイクから離れて目の前の進行状況に集中している。何の作業かは、ここまでの会話、材料だけではまだまだ分からない。アクリル板の向こうへ行って直接見ればすぐだろうに、さっきの手術室へ戻るしかなさそうだ。

 ゆっくりドアを開け、元の部屋に戻る。先ほどと同様に、手術台っぽいベッドの上に桂花さんが、裸に布一枚の状態で寝ていた。小さな寝言や寝返りに、つい目を奪われてしまうが、落ち着いて他の脱出経路を探さねば。

 入ってくる場所もないのに、急にこんなところには辿り着かない。壁を入念に探れば、脱出経路が見つかるはず。手近な壁から手を当てて、それっぽい場所がないか丁寧に確かめる。

「無駄だよ」

 部屋の角についた監視カメラっぽい機材に光が灯った。カメラではなく、小型のモニターらしい。少し下がって、頭上のそれを見上げる。

「ヤらなきゃ出られない、夢のような部屋さ。お膳立ては済んでいるんだ。気にせず、ヤレよ」

 モニターの向こうで、アイツがニヤニヤ笑っている。別のカメラで、こちらの様子も向こうに見えているのだろう。僕と彼女が二人っきりで裸にされている。彼の言わんとしていることが、だんだん分かってきた。こんなシチュエーションでなければ、願ってもない状況ではある。

「若いんだ。一発や二発、サルのようにできるだろ?」

 ヤツの囁きが、僕の理性、良心を揺さぶる。こんなことをしてはいけないと思いつつ、布の下を見たい気持ち、胸の膨らみに触れたい気持ちも湧いてくる。唇を重ねるくらいなら、許されるだろうか。

 不用意に近付いてはいけない。見てもいけない。でも、気になってしょうがない。桂花さんの寝顔を見ながら、硬い生唾を飲み込んだ瞬間、向こうの壁に外側から強い衝撃が加わった。何事かと思ってそちらに目をやると、壁にポッカリ空いた穴の向こうに、傷だらけの駿がそこにいた。彼の後ろから、空湖さんも顔を出した。

 僕の隣で、桂花さんが「うるっさいな」と目を覚ました。

「え、甲斐くん? って言うか、なんで私」

 状況が飲み込めていない桂花さんは、身体を起こすと共に布を引き上げて胸元を隠す。この状況を、友達や彼女のお父さんに見られるのはとてつもなく恥ずかしい。彼らは普通に服を着た状態で、僕らの元に駆け寄った。

 壁際のモニターはいつの間にか、通信が切られている。空湖さんは、自分の上着を桂花さんに掛けてあげた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。