2231(仮) 第二一話

「無事か?」

 そこら中に擦り傷や小さな切り傷を負っている駿は、僕に荷物を差し出した。

「夜中にトイレに起きたら、服だけ残してもぬけの殻だったから、おやっさんと一緒に必死に探したよ」

 彼の話を聞きながら、とりあえずパンツとズボンを履いた。もう使わなくなった布は、空湖さんに渡して、桂花さんの着替えに少しでも役立ててもらおう。上半身は適当にシャツを引っ掛け、靴を履き直してさっきの部屋へ戻る。駿も一緒について来た。

 アクリル板の向こうで、真境名が苦々しそうな表情を浮かべ、培養槽の中にいた子どもを外に出していた。濡れているその子を大事そうに拭き、新しそうな布に包んでいる。

「ただの一エキストラ、石ころ役のつもりでしたが、目論見が外れましたね」

 彼は全ての部屋へ音声が入るように切り替えたらしい。こちらからの音声も向こうに通じるのだろうか。そんなことを微塵も気にしていなさそうな駿は、アクリル板に向かって果敢に殴りかかる。

「想定外も織り込めないなんて、演出家失格だろ」

 アスリート向けに調整された彼の右手でも、分厚いアクリル板はうんともすんとも言わなかった。さっきの壁をぶち破ったのも、どうやら専用の工具を用いたらしい。怒りに任せ、思いつきで素手で試してみるのは彼らしいが、無茶や無謀のラインがちゃんと引けていない。

「自慢のガーディアンも、お役御免ですか」

「へっ。アスリート、舐めんじゃねぇ。そこで待ってろ。今すぐぶん殴ってやる」

 駿は一旦、隣の部屋へ戻った。さっき使った工具、巨大なハンマーを持ってくるようだ。彼の馬鹿な発言を真剣に受け止めて、いつまでもジッとしているような真境名

ではない。彼は、子どもを抱き抱え、「それでは、またどこかで」と向こうの部屋の更に奥へ駆けて行った。

 ハンマーを引きずって戻ってきた駿は、「あれ、アイツは?」と僕に尋ねた。

「いつまでも待ってる訳ないだろ」

「そりゃそうだけど、お前はそこでずっと立ってただけか?」

 駿の言葉に、何の反論も浮かんでこない。彼は持ってきたハンマーを振りかぶり、アクリル板に穴を空けた。一つでも穴が空けば、その後の破壊は簡単そうだった。彼は自分で作った入口から奥の部屋に侵入した。ハンマーを引き摺りながら、真境名が使っていた端末に近付いていく。

「ちょっ、危ないって」

 僕は駿の腕を引いて、端末から距離を取らせようとする。真境名が証拠隠滅を兼ねて端末に仕掛けた小さな時限爆弾が、駿の目の前で起動する。後ろに引っ張っても、完全な回避は間に合わなかった。僕の目の前で、駿は両膝を床について崩れ落ちる。

「おい、駿。駿!」

 僕は彼の身体を抱き抱え、揺さぶってみる。身体の前面が焼け爛れていて、生存反応は確認できない。

「大丈夫か?」

 後ろから、爆発音を聞きつけてやってきた空湖さんが、僕に声をかけてきた。彼は駿の姿を見て、言葉を飲み込んだ。彼の後ろから、衣服を身につけた桂花さんが近付いてくる。彼は娘に惨状を見せないよう、彼女を抱き抱えながら視界を塞ぐ。

「彼は越智くん、だったな。まだ大丈夫だ。蘇生しよう」

 空湖さんは、僕に駿の身体を運ぶように指示を出し、娘と共に僕を先導した。ひどい有様だが、バックアップが残っている限り、蘇生は出来る。身体も再利用できるところはそのまま使って、足りない部分、破損箇所を取り替えればいい。

 地上では品不足でも、ここではアスリート用のものでも揃っている。

 僕の前を歩く桂花さんは、更に前をいく空湖さんのことも気にかけながら、時折こちらを振り返る。僕が半ば引きずるようにして運んでいる駿のことが気になるようだ。彼女は歩くペースを僅かに落とし、僕の隣まで来た。

「ねぇ、なんかした?」

 彼女は、前にいるお父さんには聞こえないよう、小声で言った。僕は、首を横に振る。「じゃあ、なんか見た?」

 僕はもう一度、首を横に振った。

「寝顔ぐらいかな」

 彼女は「えー、嘘ぉ」と心底嫌そうな表情を浮かべた。

「イビキとか、よだれとか、大丈夫だった?」

 よく聞き取れない寝言は発していたが、イビキもよだれも気が付かなかった。僕は「多分」と答えた。彼女は「あー、良かった」と安心した様子で、さっきより少しだけ姿勢が良くなった。

「何にもしないも、ちょっとショックかな」

「えっ?」

「触りたいとか、思わなかったの?」

 真っ直ぐ僕の目を見る彼女の問いに、僕は答えを見つけられなかった。即座に切り返せない僕がよほどおかしかったのか、彼女は「じょーだん、冗談」と舌を出して笑った。

「今は、越智くんのことが最優先だもんね。ふざけちゃって、ごめんなさい」

 彼女は顔の前で両手を合わせ、僕に謝った。謝る相手は僕じゃなくて、駿のような気もするが、彼女なりの僕への気遣いなんだろう。彼女とやり取りしている間に、蘇生のための設備へ到着した。

 手術台のようなベッドへ、駿の身体を乗せる。顔は損傷が激しいため、一旦、布を被せた。空湖さんは、ベッドの自動診断機能を走らせた。頭から順番に、身体の損傷具合を確かめている。

 その間に、駿の記憶データを手分けして探しにかかる。一定時間ごとに自動でアップロードされる記憶の中から、一番新しい彼のものを探し当て、息絶える前の数秒を戻して記憶媒体にダウンロードする。

 身体は首から上を同型のものに差し替え、顔の造形を立体的に形成し直す。首から下は、表面的な資材を取り替えるだけで十分賄えるらしい。ハンマーを振るった分、両腕は新しいものに付け替えても良さそうだ。

 頭を新しいものに取り替え、記憶媒体を差し込んだ。条件が整うと、自動で再起動がかかった。ベッドの上で、駿がゆっくり上体を起こした。

 起き上がったばかりの駿に、空湖さんは彼がさっき死んだことを伝えた。駿も手慣れた様子で、「ああ、そうっすか」と事情を飲み込む。思いっきり失敗して蘇生すればいいという信条らしく、僕みたいなビビリと違って、相当場数を踏んでいるようだ。

 状況把握を終えた駿に、空湖さんは両腕の状態を伝える。

「ちなみにだけど、ここには軍事用のパーツもある。希望するなら付け替えるけど」

 市場にはなかなか出回らない、アスリート用のものより数段、筋力や出力の大きい軍事用。カタログを見ていると、人型にとどまらない腕や脚、武器と一体化したものもあるようだ。

「いや、軽微の修理で済むならこのままで」

 駿は、「友達の大事な腕なんで」と付け加えた。空湖さんは「そうか。分かった」と答え、僕らと共に一旦部屋を出た。今から中で、焼け爛れた部品の交換、修理が行われる。僕らですら、目の前で見てあまり気持ちのいいものではない。見なくていいなら、見ないに越したことはない。

 僕らは、蘇生設備の脇にある待合スペースに移動した。給水機からカップと水を受け取り、水分補給をしながら修理が終わるのを待つ。

「無事で良かった」

 空湖さんは、娘の顔を見て、しみじみと言った。

「君も、何事もないようで何よりだ」

 空湖さんの、信頼に満ちた真っ直ぐな視線が、ちょっとだけ心に刺さる。僕は視線を逸らしながら、「あの部屋、何なんですか?」と切り出した。彼はさっき見たものを思い出すように上を見る。

「詳しいことは私にも分からないな。すでに、私の権限を遥かに超えている」

 彼の申し訳なさそうな表情に、つい「いや、気にしないでください」とフォローを入れてしまった。

「ただの大学の職員だからなぁ。教員とか、専任のものならもっと詳しいことまで分かるんだが、申し訳ない」

「いや、そんな」

 頭を下げようとする空湖さんに、僕は必死に抵抗していると、修理を終えたばかりの駿が部屋から出て来るなり、「じゃあ、もう一回調べてもらいますか」とにこやかに笑いながら言った。

「おお、そうだな」

 空湖さんは駿に同調し、自信たっぷりに頷いた。昨夜のやりとりが嘘のように、一気に仲良くなっている。僕らが寝ている間に、どんな山を乗り越えたのだろうか。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。