2231(仮) 第二二話

 空湖さんの案内で、今度は管理部とやらに向かうらしい。待合スペースを片付け、早々に歩き出している彼の後を追いかけた。

「君らを探す時にも頼ったんだ」

 彼は前を向いたまま言った。

「手がかりがあまりにもなさ過ぎて、泣きついたって言ったほうが正確かな」

 彼は情けなさそうに言うが、寝て起きたら、隣にいるはずの娘が忽然と姿を消している状況なら、そうなるのも無理はないように思う。ましてや、それに先に気が付いたのが、隣の部屋にいた娘の同級生ともなると、いたたまれなさも倍増したことだろう。

「あれ、ハンマーは?」

 隣を歩いていた駿は、周囲を見回した。彼が引きずっていたハンマーは、彼が一度死亡した現場に放置してきた。駿は額に手を当て、「あっちゃ〜」と言った。

「借りた備品、置いてきちゃったよ」

 今から取りに戻るか、と一人ブツブツ呟く彼に、空湖さんは「大丈夫じゃないか」と肩を叩く。

「ガーディアンの損壊も、壁も機材も、ここなら特に何も言われない。今頃、自動で回収しに行ってるさ」

 そう言えば、ガーディアンとやらの残骸は、ここまでの道中でも特に見当たらなかった。例のハンマーと駿の身体能力で倒してきたようだが、駿の身体に残っていた傷跡も含め、戦いの後はすっかり片付いている。

 その内、壁の凹みや破損したアクリル板も、改修や修復が終わるのだろうか。随分と働き者で、綺麗好きな施設だな。

 昨日、散々歩き回ったエリアとは違い、より一層怪しげで秘密の施設っぽい雰囲気へと変わってきた。区分的には西エリアを管轄する管理部らしい。他にも同様の設備が三つあり、東西南北で分けられているようだ。

 空湖さんを先頭に、部屋の中へ足を踏み入れる。カウンターの奥には、鉄道やバスの管理センターみたいなパネル、モニターがズラッと並んでいた。施設内に点在する監視カメラの映像や、空調や電力の使用状況、その他の内容がよく分からないものも山ほどある。

 カウンターには、一昔前、いやそれ以上前の、いかにもロボット然とした受付係が、空湖さんの話に耳を傾けている。我々は、その背後にある待合用の革張りの長椅子に腰掛けた。桂花さんは、部屋の中をジロジロ見ている。口は自然に開いていく。

 空湖さんは、番号が書かれた札を手に、僕らの方へやって来た。先進的に見える設備でも、運営は意外とアナログ、地上の役所と大差ないらしい。

「とりあえず、部屋の詳細と、利用者について開示請求を出した。どこまで回答が得られるかは、まだ分からない」

 空湖さんの持っている札には、二九七と数字が入っていた。呼び出し番号は、ずらりと並ぶモニターの中でも、一際大きなモニターに表示されるらしい。他に待っている利用者はいないようだが、準備に時間がかかるのか、中々呼び出しがかからない。

 しばらく軽い興奮状態だったのが薄れてきて、寝不足の影響がジリジリとのしかかってくる。僕だけでなく、周りの全員が軽口を叩く余裕もなく、どんよりとした空気が漂い始めた。うつらうつらと舟を漕ぎ始めたタイミングで、呼び出し番号が更新された。いつの間にか目を閉じていた空湖さんの肩を叩き、彼と共にカウンターへ向かった。

 カウンターに呼び出しの札を返すと、奥から別の職員が書類とタブレットを手にやってきた。彼は一枚の書類を空湖さんに手渡しながら、右手にある会議室っぽいブースへ僕らを案内する。僕は長椅子で寝始めていた二人を起こし、先にそちらへ向かった空湖さんの後を追いかけた。

 ちょっぴり不機嫌そうな彼らを宥めながら、職員の向かいの席に並んで座る。空湖さんは座席配置の関係で職員の隣に座ると、さっきまで自分が読んでいた資料を僕に差し出した。さっきの部屋に関する説明が掲載されていた。培養槽っぽいものがある時点で何となく察しはついたが、動物実験や人体実験の類に用いられる場所のようだ。

「利用者に関する情報なんですけども」

 衣服が若干乱れている職員は、まだ寝起きっぽいガラガラ声で、タブレットを操作しながら僕らに画面を見せる。そこには、「不明」の文字が大きく表示されていた。

「あんな部屋でも、誰か分からなくても使えるんですか?」

「利用希望が重なる日中であれば、申請いただくんですが、空いてる時であれば誰にでも使えるようになっていまして」

 彼の持って来た設備案内にも、同様の記載がなされていた。この空間に身を置ける時点で、個々の設備に関する特別な申請は必要ないのだろう。

「ちなみに、何をやっていたのか、調べられますか?」

「実験に関する内容は秘匿性が高い情報なので……」

 彼は困ったような表情を浮かべる。僕らが必死に見つめても、覆る可能性はなさそうだ。半ば睨むようにして見つめていると、彼は空湖さんと、駿の顔を見て「ああ」と、声を漏らした。

「先ほど、人探しにいらっしゃった方々ですか。そうすると、なるほど、なるほど」

 彼は「ちょっと、失礼しますね」とタブレットを手元に引き寄せ、何やら画面を触り始めた。

「この時間でも電力消費の激しい部屋はないか、機転を効かせて探してくれたんだよ」

 駿が横から教えてくれた。さっきまでちょっぴり眠たそうな顔をしていた職員だったが、今は集中力たっぷりといった様子で端末を操作している。公務員然とした、のっぺりとした顔の持ち主だったが、意外と融通も効くらしい。

「直接関係があるかは分かりませんが」

 彼は再度、僕らにタブレットを見せ、タブレット操作用のペンを手に取った。画面には、「遊川詩恵留(ユカワシエル)の記録にアクセス」というログが表示されている。

「あの部屋の操作記録を追跡すると、辿り着ける有力な情報はこれぐらいですかね」

 彼の提示して来た情報が、何一つ分からない。それと、さっきの出来事とがどう繋がるのかも、さっぱり分からない。彼も上から画面を覗き込みながら、ペンで画面を何度か切り替える。

「どうやら、生体脳へのダウンロード、インストールを実施してたようですね。何か、心当たりは?」

 彼の視線が僕に向けられた。駿や空湖さん、桂花さんの視線も僕に集まる。現場で色々見られたのは、ほぼ僕だけ。何を見たんだっけ。必死に思い出そうとしても、培養槽とそこに浮かぶ子どもの姿しか浮かんで来ない。

「ちなみに、あの部屋で出来ることって何ですか? 具体的な例というか、代表的なものというか」

 僕の質問に、職員は手元の紙にチラリと視線を落としながら、「そうですね」とチラリと上を見た。

「新種のタンパク質や生体組織の生成、あるいは生体組織と新商品の接合テストとかですかね」

「異種族間の生殖というか、キメラの合成みたいなことは?」

「それも問題なく出来ると思いますよ」

 職員の頷きに、僕は心底落胆した。これ以上の話を、空湖さんや桂花さんには聞かせたくない。でも、目の前の情報を統合すると導かれる答えは一つ。

「あの子が、それか」

「あの子って、アレか?」

 駿の顔が、今まで見たこともない驚きの表情を浮かべた。そこまで彼が驚くのなら、彼の記憶はあの子を目撃したところまでは残っているらしい。

「ちなみに、その遊川って人の情報は」

「三年前の在籍記録は残っていますが、それ以前も、それ以降も何にも残っていないですね」

 職員は、「アレ、おっかしいな〜」と言いながら、タブレットを回収して自分の手元で作業に没頭する。素早くペンを走らせ、時々髪をかき上げながら、タブレットを触りまくるが、何度タップしても欲しい情報には辿り着かないらしい。

「こんなことは滅多にないんですけど、個人情報も経歴も、綺麗さっぱり残ってないですね。退所後、死亡後の記録がないのはよくあるんですけど、それ以前の記録もないというのは珍しいですね」

 彼は「こんなはずはないのにな〜」と、なおもタブレットをいじっている。横から覗くと、物静かそうなメガネ姿の女性の顔写真と名前のデータだけが表示されていた。パッと見の年齢的には、織林刑事よりは上、学校の先生方よりは大分下に見えた。時間をかけても、それ以上詳しいことは分かりそうにない。

 職員に礼を告げ、部屋の資料だけもらって管理部を出た。駿は管理部を出る前に、備品を置き忘れて来たこと、色んなものを破壊した旨も告げていた。

「結局、何にも分からなかったな」

 空湖さんの呟きが、僕の胸をグッと締め付ける。駿は「どうした?」と僕の微かな変化も見逃さず、声をかけて来た。こんな時だけ敏感にならなくても良いのに。後ろを振り返ると、桂花さんも僕の顔をジッと見ている。

「ちょっと言い辛いな」

 空気を読まない駿の顔が、ますます答えにくくする。

 一人で困惑していると、管理部の方からさっきの職員が小走りに近付いて来た。

「甲斐さんは、君ですよね?」

「はい、僕ですけど」

「警察から、電話が入ってます。今、出られますか?」

 彼の急ぎっぷりに、ノーと答えるわけには行かなかった。この状況を引き伸ばすチャンスをくれた彼と、電話をかけて来た人物に感謝しつつ、神妙な面持ちで彼の案内に従い、通話ブースへ足を運んだ。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。