2231(仮) 第二四話

「ほお、こいつは驚きだな」

 医務室の外で、桂花さんと二人で検査結果を待っていると、空湖さんが、結果が印刷された書類を持って部屋を出てきた。半分は悔しそうな様子で、もう半分は嬉しそうな表情を浮かべている。

「手伝ってくれた医師も技官も驚いてたよ」

 彼は僕の肩を何度か叩いた。

「まさか、君だったとはね」

 空湖さんは、僕の隣に腰を降ろした。

「確か、妹さんは発声と耳に生来の障害があるんだっけ。ウチも僕の家系か、妻の家系かは分からないけど、遺伝的に子どもができにくいみたいでね。この娘の姉も、それで生身の肉体を捨てるのに抵抗がなかったようだ」

 確か、紫音さんだっけ。しばらく目撃できていないけど、お天気お姉さんは今日も活躍しているのだろうか。

「僕らも君らも、人の手で造られたものだから、だんだん先細っていくのかなぁとか話していたこともあるんだが、不自然な偏り同士が噛み合って、新たな種が生まれる可能性があったとは。それだけ、時間をかける必要があったんだな……」

 空湖さんは、宙を見ながら遠い目をしている。桂花さんは、「でも、別に付き合ってる訳じゃないんだけど」と突っ込んだ。空湖さんは、「え、そうなの?」と驚きを隠せない様子で僕を見る。僕はちょっと申し訳ない気持ちになりながら、ゆっくり頷いた。

「奇跡的な組み合わせだと思ったのに〜」

「まあ、別に僕でなくても可能性が出てきたと思えば」

 空湖さんは、「そういうことにしておこう」と小刻みに頷いた。

「新時代の子どもたち、か。君はさしずめ、白いアダム、あるいはラヴァンってところだな。ケイ素の土なら、赤じゃなくて灰白色だろう?」

 空湖さんの言葉の意味がよく分からず、僕は首を傾げた。

「ああ、アダムって元々赤い土、赤いって言葉が由来だという説があるんだよ。どちらかというと、僕らが赤で、君らは白と呼ぶのが妥当じゃないかな」

 彼は、指で僕と彼を差して「赤、白」と繰り返した。

「赤とか白とか、どこかで聞いたような」

 独り言に近い僕の言葉に、桂花さんも「そういえば」と腕組みをしながら考え始めた。

「あの時の、なんとかっておじさんが融和だのなんだの、言ってなかったっけ」

 頭の片隅に引っかかっていた記憶が、桂花さんのアシストで鮮明に脳裏へ蘇る。そうだ、チャルカ教のイベントに出かけた時、グレゴール氏の説教を聞いた後にそんな話をされたんだっけ。

 あそこで握手をしてから、変なことが起こりまくっている。今更地元のチャルカ教へ赴いてもどうにもならない気もするが、行ってみる価値は十分出て来たようだ。異種間同士で生殖可能なことが融和に値するのかどうか、そもそもの発言の真意はどうなのか。詰め寄ったって良い。

「僕らと君ら、人と機械の融和と言えば、以前、そんなプロジェクトもあったような。プロジェクト名、何だっけ……」

「ーーおお、まだいた。良かった」

 空湖さんの次の言葉を聞く前に、駿が小走りに駆け寄って来た。息が弾んで、話しにくそうに見える。一旦落ち着くように、長椅子を薦める。彼は僕の肩に手を置き、「ありがとう」と掠れた声で言うと、そのまま呼吸を整えた。

「例の協定の方は、再協議に関する付帯事項は特に見当たらなかった。当事者である相手側に掛け合って、再交渉の場を持つ他ないかも知れない。遊川って人のことだけど、米利刑事に掛け合って照会してもらったけど、ヒットしなかった。偽名じゃなければ、外での記録はないかも知れない」

「そうなると、小さい時からこちらの住人だったかも知れないね。それでいて、人格や記憶のデータ以外、全て抹消とは、随分変な感じだね」

 空湖さんは、先ほどと同様に、胸の前で腕を組み、ゆっくり考え始めた。その隣で駿はゆっくり長椅子にもたれかかり、辛そうな表情を浮かべる。

「とりあえず、飯食おうよ。朝飯」

「確かに、それもそうだ」

 空湖さんは腕時計に目をやり、午前六時に近付いているのを確かめた。僕らに地図を手渡し、現在地を示した。

「君らは先にこの食堂へ行って、朝食を食べなさい」

「お父さんは?」

「私はちょっとした野暮用だ。朝飯前にね」

 空湖さんは桂花さんにウインクを送り、「じゃあ、後で」と手を振って僕らの進路とは反対方向へ歩を進めた。どこへ向かったのか少しだけ気になるが、腹の虫には勝てそうにない。駿をゆっくり立たせ、身体を支えながら食堂へ向けて歩き始めた。

 高校生男女三人で、朝食ビュッフェを楽しんでいると、どこかでコピーしてきたらしい資料の束を抱えた空湖さんがやって来た。彼は「お待たせ」と言うと、パンとヨーグルト、コーヒーだけを持ち、僕らの隣のテーブルに座った。

 彼は僕に資料を渡すと、いただきますと両手を合わせ、パンに齧り付く。

「何ですか、コレ?」

「ここで密かに運営している子ども園、クープの卒業アルバムとネフィリム計画の一部をコピーして来た」

 クープ、別称鶏小屋。他の地域で孤児になった子や、ザ・シティの職員、研究員らの子を集め養育する、幼稚園や保育園の機能を有した託児所、子ども園と資料には書いてある。鶏小屋の別称から想像できる通り、いなくなっても分からない子どもたちには、それなりの運命が待っていたようだ。卒業アルバムに、所々バッテンが付けられていた。

 そこには確かに、遊川詩恵留の名前があった。僕らと同じ、機械の子らしい。さっき見た子とは、全く似ても似つかないが、遊川という人物は確かにいた可能性は出てきた。

 空湖さんが持って来たもう一つの資料、ネフィリム計画。ネフィリムは僕もよく知っている。人の身体に、僕らの部品、四肢や目、耳、喉といったパーツを接合する技術、あるいはそれを施された人たちのこと。かつての創作物の世界では、サイボーグなどと呼ばれたアレ。

 ネフィリム計画の冒頭にも書かれていたが、ネフィリムとは「落ちてきた者達」。天使と人間が交わって生まれた巨人のこと。僕らと彼らと、どちらが天使でどちらが人間かは不明だが、言葉のルーツを考えると、あまり気持ちの良い表現ではないかも知れない。

 真境名も、ネフィリムだったな。あの特徴的な義眼の双眸は、決して美しいと言えるものではない。人によっては、醜さや怖さを感じるかも。

 ちょっとだけ怖くなってきて、恐る恐るページを捲った。ネフィリム計画の始まりと、事の顛末が仔細に記載されている。朝食を食べながらあまり見たくないのは、拒絶反応とその克服に関する記述。クープに連れて来られた子どもたちも、何人かが犠牲になったらしい。

 果てしない人体実験の果てに、ネフィリム計画は一旦の終わりを迎えることになる。完璧とは程遠い結果、中途半端な技術と製品を残して。

 何とか最後まで、パラパラっと眺めてみたが、コレも持って来た意図がイマイチ分からなかった。ロールパンにバターを塗っている空湖さんに、素直に聞いてみた。

「ああ、それね。後ろの方に、引用論文の注がついているだろう? ユカワで分かりにくいが、不自然に名前が消されているような痕跡がある」

 空湖さんに言われた通りに、引用、注釈のページを開いてみるが、どれを指しているか分からない。

「それと、本文中の図というか写真に、不自然に消されたような跡がある」

 空湖さんは、彼がマーカーで印をつけた部分を指差した。研究員の集合写真っぽいものを中心に、何箇所か書き込みがなされているが、よ〜く観察しても微妙にそうかも知れないと思う程度の違和感しか働かない。

「アレ、この人なんか見覚えあるような」

 空湖さんの言葉を整理している僕の横から、桂花さんが身を乗り出した。経過観察の項目に掲載されている写真を、何枚か指差した。

「コッチも同じ人だよね?」

 白衣を着た女性と一緒に、写真に写っている男性の顔を示す。確かに、同一人物に思える。コレが、何だというのか。目を凝らして、じっくり見てみる。ずーっと眺めていると、なんとなく見覚えがあるような気もしてきた。

「コレ、もしかして真境名じゃないか?」

「え?」

 左から資料を覗き込む駿が、ボソッと呟いた。特徴的な義眼は見当たらないし、ちょっと幼くも見えるが、顔の特徴は全く違うとも言い切れない。写真の説明には、「経過観察中の藤倉くん」となっている。

 藤倉の名前は、さっきのアルバムにも出ていた。ただし、遊川氏より三つほど年下のようだ。ネフィリム計画の資料の方は、一緒に写っている女性と妙に親しく見えた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。