2231(仮) 第二七話

 ジグラット? 有資格者の証? タイムリミットが示されたというのに、相変わらずもって回った言い回しを選ぶとは。良く言えばブレないが、頑固というか、ただただ面倒くさいオヤジなだけだ。グレゴール氏の付き人、教団の関係者になるというのも、なかなか大変なんだろう。

 助けを求めてそちらに視線をやると、彼は「ああ、えーっと」と間を繋ぎながら、言葉を整理する。

「ジグラット、聖塔はこの街で一番高い塔のことです。有資格者の証は、私にもよく分かりません」

 また塔か。この街で一番高い塔となると、海の近くに立っているハチ公タワー。上空の先端を、肉眼で捉えたことは一度もない。先日は入れなかった内部から登れば辿り着けるのだろうか。

 さっきから、ケータイを見ていた桂花さんが顔を上げた。

「次、月が南中に差し掛かるのは明日の朝、六時半ぐらい」

「タイムリミットには余裕があるけど、割とギリギリなのは怖いな」

 駿の感想に僕も同意する。凍結の申請を出すチャンスがあるのは不幸中の幸いだけど、時間ぴったりでなくても、条件が満たせることを願いたい。有資格者の捜索と協力要請が優先ではあるものの、こちら側だけで出来そうなことは、可能な限り準備しておかないと。実行までにほぼ丸一日待たなければならない辛さ、ドキドキ感もなくはない。

「で、有資格者の証は?」

 駿は両手の人差し指で、空中に適当な大きさの長方形を描いた。掲げると言うからには何らかの形を伴った物体だろうけど、必ずしもそういう形状とは限らない。ただ、最近誰かから受け取って、最近も意外な働きをしたそういう形の物に思い当たる節がある。

 僕は大して荷物が入っていないカバンの中を探り、底の方から小さな板を取り出した。昨日も、なぜか関係者パスとして機能した交通系ICカードを掲げ、グレゴール氏に「これのこと?」と尋ねた。

「それと、アナタの遺伝情報です」

 グレゴール氏はゆっくり頷き、情報を捕捉した。

「要するに、僕がコレに触れた状態だと証になると」

 グレゴール氏は、もう一度頷いた。そういえば昨日も、僕の手でパネルにタッチしたっけ。他の誰かが触っていれば、セキュリティは解除されなかったのか。

 ただのICカードだと思ったのに、どんどん意外なアイテムになって行くな。どこへでも行ける万能感、信頼感が一人でに増して行くのも興味深い。周囲の状況を忘れ、一人の世界でカードの裏表をしげしげ眺めていると、僕らが鍵を下ろした扉が、外側から蹴破られた。急な物音に驚いてそちらに目をやると、米利刑事がSATみたいに武装した同僚を伴って中に入ってきた。

 彼は織林刑事に声を掛け、警備ロボットの事後処理や現場の治安維持から、自分の仕事へ移るように言った。彼女は「えー、急にそんな」と不満な声を漏らしながらも、彼の後について、僕らの方にやって来た。特殊部隊めいた警官は、現場の市民を守るべく周囲を警戒している。

 さっきから続いている物々しい雰囲気が、より一層引き上げられたんだなと、米利刑事の表情からも伝わってくる。

「話は付いたか。付いたなら、さっさと動くぞ」

 米利刑事は、グレゴール氏の方を見た。

「あんたらは?」

 付き人の男性が、代わりに首を振った。米利刑事は、近くに居た警官の肩を叩くと、「後は頼んだ」と言った。警官の返礼を軽く流し、「さ、早く」と僕の背中を叩いた。

「何をそんなに急いでんだよ」

 米利刑事に駿が声を掛けるものの、彼はそれには取り合わず窓の方を見ながら、サスペンダーのようなショルダーホルスターから銃を抜いた。セーフティを外し、織林刑事の背中を押して、僕らの方に押しやる。

「走れっ!」

 米利刑事の突然の怒号に、流石に織林刑事も指示や状況が飲み込め切れていない様子で、何やらぶつくさ言っている。米利刑事はこちらのことなど一顧だにせず、窓をぶち破って内部に侵入したそれに向き合い、僕らとの間へ割って入った。礼拝堂の中が再び騒然とする。状況をなんとなく察したらしい織林刑事は、桂花さんの手を引いて「こっち」と、教会の奥へ走り出した。

 その後ろを追いかけながら、一瞬米利刑事の方へ視線をやると、彼は襲撃者の攻撃を、礼拝堂内の長椅子等を上手く使ってかわしていた。周囲の特殊部隊の助けも借りながら、無発砲で僕のすぐそばまでやって来る。

「ほら、早く行け」

 彼は僕の後ろに着き、礼拝堂へ続く扉を閉めた。米利刑事が一番後ろについて背後を警戒し、織林刑事は先頭で行く先の安全を確保する格好になった。その間は、一番足の遅い僕が最後尾で、駿、桂花さんの順となっている。

「そっちじゃない、裏口だ。外へ出ろ」

 先頭の織林刑事が丁字路で駐車場の方へ向かおうとしていたのを、反対へ向かえと米利刑事が指示を出した。このまま表に出てしまうと、駐車場へは若干の遠回りになる。織林刑事は一瞬足踏みするものの、先輩刑事の指示に従って、表へ通じる裏口へ進む。

 教会の外、木津川に面した細い通りへ出ると、駐車場の方から爆発音が聞こえて来た。そちらへ目をやると、雨の向こうに黒煙が立ち上っているのが見える。

「立ち止まるな。走れ」

 小雨が降りしきる中屋外に出て、爆発音に立ちすくんでいた織林刑事に、一足遅れて外に出てきた米利刑事が怒声を浴びせる。

「走れって、どっちに?」

「ちょっとは考えろ。演算装置は飾りじゃないんだろ?」

 米利刑事が自分の頭を指で叩くと、織林刑事は「ハラスメントが酷いって、本当に訴えますからね」と言い返した。彼女は隣接する小学校の方をパッと見て、大きく息を吐く。深呼吸で気持ちを切り替えたらしく、顔を上げると「さ、行くよ」と一方通行に逆らって走り始めた。彼女が背を向けた方向に、旧型のロボットを交えた怪しい集団が見える。

 小雨とは言え、雨の中で傘もささずに走っていると、段々靴の中に水が入って来て気持ち悪くなってくる。カバンの中に傘も入ってはいるが、視界確保と運動性を犠牲にしてまでやることではない。

 さっきから見えていた大きめの通りにぶつかった。左は川口の交差点、右は木津川橋。車の往来を無視して直進するのは避けた方が無難に思える。どっちに進むべきか迷っているうちに、殿を務めていた米利刑事に追いつかれた。

「これはどっちに?」

「とりあえず、中央市場の方だ。西署の方が近いが、市場前の交番へ向かえ」

 僕の質問に米利刑事が答えている間、駿は彼の腰あたりをモゾモゾ触った。米利刑事に「何してるんだ」と聞かれる前に、折りたたみ式の警棒をくすねた彼は、ストラップに自分の手首を通しながら、「ちょっと借りるぜ?」と言った。

 彼は警棒を伸ばし、軽く素振りをする。風を切る音が聞こえて来た。

「戦力は多い方がいいだろ?」

「無茶はするなよ。過剰防衛の擁護は保障しかねる」

 駿は軽い調子で「了解」と答えた。僕らのやり取りを他所に、車の往来をジッと見て、通りの真ん中で道を塞いだ織林刑事は、「早く渡れ」と手招きをした。桂花さんは一足先に通りを渡り切っている。

 よくよく見ると、木津川橋の向こうにも、いかにも怪しい人たちが集合しつつある。このまま真っ直ぐ、道路を突っ切るしかなさそうだ。駿を先に行かせ、僕はその後を追いかけた。桂花さんと合流し、後ろから来る刑事二人を待った。駿と桂花さんは、僕を置いてどんどん先に進んでいる。

 中央市場へ向かうには、ここから橋を二本渡る必要がある。どの程度の情勢かはまだ掴めていないが、川の上で道幅が細くなるのは、若干心許ない。

 織林刑事は僕を追い越し、駿と並んだ。桂花さんを自分達の後ろに隠した。

「なあ、お前もなんか、武器無いのかよ」

 前を警戒している駿が、僕に向かってボソッと言った。そんなもの、ある訳がない。

「キャラじゃないのは分かるけど、ちょっとぐらい漢を見せてやれよ」

 駿の言いたいこともよく分かる。彼のようなキャラクターでなくても、こういうシチュエーションでビクビクしてるだけなのは、我ながら流石にどうかと思う。武器なんて都合のいいもの、ある訳ないよなと思いながら、雨粒が入るのも構わずカバンを探った。棒状の目ぼしいもの、さっきは取り出すのを諦めた折り畳み傘がある。

「守ってもらわなくても、結構ですけど」

 傘は、僕が手に取る前に、横から覗いていた桂花さんによって持って行かれた。彼女はそれを確かめながら、ちょっとだけ柄を伸ばしてステッキのように軽く振る。

「私の方が、多分強いし」

 彼女は僕を見てニヤニヤ笑う。それに対して取り繕う暇もなく、一つ目の橋が見えてきた。唯一の武器候補も取り上げられてしまった僕は、手持ち無沙汰にただただ小雨の中を移動するだけだった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。