2231(仮) 第二八話

 道幅の狭さを心配していた一本目の橋では、先に展開していた治安維持部隊によって、車道、歩道共に安全の確保が進められていた。自動運転が麻痺して乗り捨てられたらしい車は、片側二車線の両端に固められ、南北への行き来が出来るようになっている。

 ここでも暴れていたらしい警備ロボットや、ゴミ回収ロボの残骸がチラホラ見られ、半ばゾンビ、暴徒化した一般市民の制圧、牽制も彼らの手によって果たされていた。

 橋の真ん中辺りまで来ると、これから向かう先の中央市場の様子も徐々に分かって来る。市場関係者や搬入ロボ、作業用ロボットに不具合、反乱が起こっているらしく、あちらもそれなりに騒々しいようだ。

 中央市場へ入っていく手前の道路あたりで、フォークリフトやターレーが合体したような二メートルから三メートル程のロボットが手当たり次第に破壊行動を続けている。その手前、交番勤務らしいお巡りさんが、近くの市民を誘導してこちら側へ逃げるように促していた。その先頭に、彼らを先導するお巡りさんも見える。

 右手の方、中之島の方向から、暴徒化した市民三名が鉄パイプや金属バットを振りかざし、お巡りさんの視覚から襲いかかった。僕が「危ない」と声を発する前に、織林刑事、駿、桂花さんの見事な連携プレイによって鎮圧、無力化された。織林刑事はともかく、他の二人はどんな訓練を受けたのか、上手く気絶させる程度に留めている。

 お巡りさんはこちらに振り返ると、背後の米利刑事に気がついたらしく、「先輩」と声を出しながら、そちらへ手を振った。米利刑事は知り合いらしい彼に向けて銃を構え、引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は、対岸にいた構内作業ロボットの、投網発射口を撃ち抜いていた。

「気を抜くな、横山」

 米利刑事は入念に周囲を警戒しながら、インカムの耳に指を当てた。すぐに顔を上げ、横山と呼ばれたお巡りさん、織林刑事に向かって顎をしゃくる。

「国際会議場だ。隣のホテルに臨時の本部を設営中だ」

「西署は?」

 横山氏の質問に、米利刑事は首を振り、「ダメだ。半分機能停止している」と答えた。

「ほら、行くぞ」

 今度は米利刑事が先行し、二本目の橋は渡らずに右手へ折れた。横山氏は橋と橋の間、交差点のところで市民の誘導に当たる。僕らは市民の濁流を避けるように、米利刑事の背中を追いかけた。

 目の前を高速道路が横切るものの、川と川の間にある公園や、細いビルぐらいしかないこの辺りは、それほど人もロボットも多くない。高速の高架をくぐり、新なにわ筋を横切る辺りから、だんだん終末世界っぽさが強くなって来る。普段なら気持ちよさそうな堂島川沿いの遊歩道も、今はあまり歩きたくない。

 堂島川の向こう側も、右手に位置する土佐堀川の向こう側も、混乱具合が二割弱っぽいというのが、かえって不気味だ。思わず身体を震わせると、桂花さんが「寒い?」と声を掛けてくれた。

「いや、大丈夫。大丈夫」

 彼女の方をチラリと見て、慌てて視線を背ける。そう言えば、さっきから小雨の中を歩きっぱなし。六月下旬の生温さもあって寒くは無いが、シャツや肌着はすっかり濡れて身体に張り付いている。織林刑事のキャミソール、ボディラインも、別に見たくはないけど視界にずっと収まっていて、どう処理をすればいいか分からないモヤモヤがどんどん募っていく。

 余計なことを考えている状況ではない。今はとにかく気を張らないと。次の信号まで行けば、国際会議場と本部が設営されつつあるホテルに辿り着ける。そこまで行けば、着替えぐらいは叶うかもしれない。

「死角が多いんだから、気を抜くなよ」

 駿は、僕の右側を警戒しながら歩いている。比較的見通しのいい一本道。確かに右手の生垣は背の高い植物が植えられていて、よく手入れされた緑の壁と化しているが、コレを突き破って何者かに襲われることはあるまい。

 そこここに展開している特殊部隊、治安維持部隊が、催涙弾や放水、ゴム弾で暴徒に応戦しつつ、道端で無力化、気絶させた人たちの回収にも当たっている。中には、同型のロボットを黙々と回収しているロボットの姿もあった。

 生垣が終わり、視界と道が少し開けてきた。非常線が張られ、通行禁止になった橋と交差点、目的地である国際会議場の前までやってきた。ここの信号は既に停められており、自由に行き来ができた。近隣から避難してきた一般市民、集まりつつある警察官の合間を縫い、米利刑事、織林刑事の後ろについてズンズン奥の方へ入っていく。建物の間の中庭を抜け、本部があると言うホテルにようやく着いた。やっと、雨から解放される。

 ホテルに入ったところで、米利刑事は銃をホルスターに収め、インカムに指を当てている。中は空調が効いていて、ずぶ濡れの身体には少し肌寒かった。

「流石にちょっと寒いよね」

 ブラウスが透けていることにようやく気がついたらしい織林刑事は、同じくシャツの下が透けて見えている桂花さんを周りの視線から遮るように隠した。

「先に、お風呂って借りられませんか?」

 立ち止まって情報を確認しているらしい米利刑事に、織林刑事が尋ねた。彼はインカムに耳を当てたまま、一瞬彼女を見て、「ああ、そうだな」と頷く。織林刑事は、「じゃあ、後ほど」と一言残し、桂花さんの背中を押してフロントの方へ歩いて行った。

「お前らも行ってこい。風呂から上がったら、二階の大会議室な」

 彼は、その場に残っていた僕と駿にも後を追えと手で合図した。ここで風邪をひいている場合でもない。すぐに次の手を打てる段階でもなさそうだし、素直に従っておこう。駿は米利刑事に警棒を返し、さっさと先行する女性陣の後を追いかけた。僕も早歩きでそれに付いていく。

「あ、そうそう。コレ」

 先に行った桂花さんが戻って来て、少し形が変わった傘を差し出した。橋の上で暴徒を殴打した時に、ひん曲がったらしい。

「じゃ、また後で」

 桂花さんはフロントで女湯の情報を聞いてきた織林刑事と合流し、僕らにひらひらと手を振って、エレベータホールへ向かった。

「俺たちは、女湯より一個下だってさ」

 先にフロントで情報を仕入れてきた駿は、そのままエレベータを呼びに行く。駿にしては、妙にスムーズで機転が効くなと後ろをついていくと、既に女性陣の姿はなかった。

 大会議場の片隅で、バスタオルで頭を拭きながら情報を整理していると、先に風呂へ向かったはずの女性陣がやって来た。二人とも、僕らと同じく支給品の紺の長袖シャツに、紺のカーゴパンツを着ていた。織林刑事も着られている感が丸出しだが、僕らも職場体験感が強い。体格がいい駿は、武装解除した新人隊員っぽさがある。

「おい、ちゃんと聞いてるか?」

 いつになく真剣な面持ちの米利刑事に、明後日の方向を向いていたことを注意された。すみません、と答え、話に戻る。

「つまり、桜島方面へ抜ける必要があるってことだ」

 米利刑事が蓋をしたペンで、地図をスーッとなぞった。

「完全に遠回りだ」

 駿が地図を覗き込んで言った。確かに、当初の教会から中央市場、国際会議場とどんどん遠ざかっている。中央市場へ抜けられていれば、まだ少しは近付けたのに。この迂回は痛い。

「でも、車とか電車で行けなくもないですよね?」

 電車の場合、乗り継ぎ方によってはかなりの遠回りにもなるが、タイムリミット的にも、まだ二十時間以上あるし、だいぶ余裕を見た動きが取れる。

「車はまだしも、電車は無理だ。福島駅まで行けば一発だが、まともに動いていない」

「じゃあ、夢洲方面に抜けて、舞洲とか、そっち方面から行くとか」

 僕はすぐそこの中之島駅を地図の上で指し、そこから伸びる線をスーッと西へ滑らせた。まともに電車が動いていないのなら、そのまま地下鉄の線路に沿って向こうの駅を目指せばいい。

「進入経路が限定的すぎるだろ。相手も流石に警戒するさ」

「車で強引に近付く、も無理ですか?」

 米利刑事は、今度の意見にも首を振った。

「手動運転は可能だが、位置情報は筒抜けだ。迎え撃たれる」

 自動運転に頼らず走行が可能でも、位置情報を完全に遮断することは難しい。特殊な車両ならまだしも、この時代にそんな車は滅多にない。赤レンガ倉庫のクラシックカーもレプリカらしく、わざわざあそこまで赴く理由はない。

「つまり、徒歩行軍と」

「残念ながら、そうなるな」

 随分前に営業を終了した桜島のテーマパークまで、ここから歩き通しで一時間。米利刑事はより一層険しい表情を浮かべた。

「最短で一時間。迂回が増えれば増えるほど、そんでアイツが何かを仕掛ければ仕掛けるほど、持ち時間はどんどん少なくなる。二十時間、案外ギリギリかもな」

 米利刑事は、まるで他人事だと言わんばかりに、乾いた声で短く笑った。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。