2231(仮) 第二九話

「で、そっちはどうなんだ?」

 米利刑事は、大きなゴーグルで目元を覆いながら手元のゲームパッドっぽいスティックを両手で操作している青年に話しかけた。視線は、目の前の大きなスクリーンに向けられている。スクリーンには、上下左右に微妙に揺れる映像が映し出されていた。ピントもイマイチあっておらず、ジッと見ていると画面酔いしてしまいそうだ。

「ご覧の通りですよ。急かさないで」

 青年は、ゴーグルを外すことなく、手元のゲームパッドを右左に動かしながら、スティックも小刻みに操作する。

「もしかして、アレ」

 駿は画面を指差し、米利刑事に視線をやった。米利刑事は「そうだ」と頷いた。

 映像が段々安定してくる。街中や、どこかのショッピングモール、小売店の中ではなさそうだ。若干埃っぽく、所々色褪せてもいるが、一所懸命非日常を作り出そうとしているそれは、大手の映画会社が主となって作り上げたテーマパークの成れの果てのようだ。

 本来は誰もいない場所のはずだが、遠くの方にチラホラ従業員っぽい人影も見える。

「バレたらマズいんじゃないですか?」

「だから、バレないように上手くやれって言ってるのさ」

 僕の質問に答えた米利刑事は、「じゃあ、よろしく頼むぞ」と、偵察用ドローンを遠隔操作している青年の肩を叩いた。少々強かったらしく、映像が左右に乱れた。米利刑事はスクリーンから視線を外し、再び資料が無造作にぶちまけられているテーブルへ身体ごと向き直る。

「次の問題は、例のドラッグだな。警察へのクラッキングも早々に対処しないと、満足に徒歩行軍も出来ん」

 街中に蔓延る暴徒化した一般市民と、機能不全に陥り、敵味方の区別が付けにくくなっている警察への応急処置と。真境名の下へ向かうにしても、今の状況で街に繰り出すのは少々厳しい。

「教会の方はどうだ?」

 米利刑事に話を振られた警官は、首を振った。

「まだ、あちらで籠城してもらった方が安全で」

「ーーだよな。グレゴールってのを置いてきたのは失敗だったな」

 米利刑事は唇を噛んだ。ただ、彼も連れての脱出劇、ここまでの逃走劇は難しかったように思う。暴走した警備ロボットによる暴行がなかったとしても、元々の歩行速度からして、無理だろう。集団の最後尾を走っていた僕に、言えたものでもないのだけど。

「有資格者の権限を上書きして、君に再交渉してもらうのが一番手っ取り早いんだが」

「ーーただし、彼にセントラルドグマの再設定を飲んでもらう必要がある」

 どこからともなく現れた空湖さんが、米利刑事の言葉を遮った。彼は胸元に抱えていた色んな資料を、すでに広げられている資料の上に置き、両手を開けると「よう」と僕らに声を掛けた。

 彼はドローンの映像が映し出されているものとは違うモニターに、小さなリモコンを向けてボタンを操作した。モニターは、真境名の居場所を特定した時の異常を検知した画面に切り替わる。

「グレゴール十八世が一時的に機能停止した瞬間、彼は自分たちのセントラルドグマを解除したらしい。この電力消費は、その時の異常のようだ」

 彼は手の中でリモコンとレーザーポインタを持ち替え、電力消費が盛り上がった場所をグルグルと指し示した。セントラルドグマが解除されれば、リセットでピューパが作動しても、その影響を受けなくなる。

「できるんですか? そんなこと」

 僕の問いに、空湖さんは「技術的には」と答えた。

「ただし、協定違反だけどね。中心原理、教義に反するから」

 警備ロボに殴られた後、グレゴール氏がすぐに協議違反を検知したのはそういう事情があったのか。同じタイミングで、暴徒化した市民による暴動、武力衝突が起きているらしく、そちらの理由でもリセットの発動条件を満たしたのかと思った。

「彼らがセントラルドグマを受け入れない限り、権限を上書きしても再協議は成し得ない。協定の前提、必要条件だから」

 チャルカ教とザ・シティとで作り上げられた平和には、リセットという共通の罰則がなければ成り立たない。そこから逸脱するものがいたら、協定を新しくする意味がない。

「再協議でセントラルドグマを廃止するにしても、今の違反を是正しないと再協議のテーブルに着くことは出来ない。そういうことですね?」

 織林刑事の指摘に、空湖さんは「その通り」と頷いた。

「ま、彼らの事情も踏まえると、素直に飲むとは思えないけどね」

 空湖さんは、彼が持ってきた資料の中から一冊、紙バインダーを取り出して僕に差し出した。それを受け取って表紙を開くと、親しげな顔でお互いを見つめている男女の写真が目についた。

「例の関係者と見て良いのかな?」

 米利刑事が、空湖さんに声をかけた。桂花さんが、空湖さんのことを紹介すると、簡単な挨拶を交わした。

「奴らの正体も気になるが、先に厄介なドラッグとシステム復旧でお力添えいただきたい。ご協力願えますか?」

 空湖さんが頷くと、米利刑事は資料の山の中から、一つのクリアファイルを引っ張り出し、「こちらに成分をまとめています」と彼に差し出した。空湖さんは、横にいた桂花さんと共に、クリアファイルに納められていた資料に目を走らせる。

「詳しいことは専門家に委ねますが、早速、中和剤の生成に取り掛かってもらいましょう。散布は協力してもらいますよ」

 米利刑事は「もちろんです」と答えた。

「クラッキングへの対処は我々の方でも既に走らせていますが、優先度を高められないか打診します」

「よろしくお願いします」

 空湖さんは米利刑事とのやり取りを終えると、早速卓上に置かれた電話に手を伸ばし、どこかへ連絡し始めた。米利刑事は彼の電話が終わるのを待ちながら、手持ち無沙汰に残りの資料を眺めたり、ドローンが映す映像を気にかけたりと、落ち着かない。

 僕はそれを横目に、空湖さんに渡された資料に目を通す。

 男の方は、ネフィリム計画の資料でも見た被験者。名前は藤倉勝大、元々はザ・シティの研究者だったらしい。女の方は、遊川詩恵留。ネフィリム計画の研究者、藤倉の世話も担当する人物だったようだ。クープを卒業してからも、二人には多少なりとも接点があった。

「えっ、ちょっ」

 織林刑事の不意の声に驚いて顔を上げる。彼女はドローンの映像が映るモニターを見ていた。僕もそちらに目をやるが、彼女に「あ、ダメ」と駿と共に目を塞がれた。一瞬で何が映ったか分からなかったが、どうも肌色が多かった気はする。ドローンのマイクは音も微妙に収集しているらしく、怪しげな声が微かに聞こえてくる。

「おやおや、一方的な覗き見とは感心しませんね」

 荒く艶かしい短い声に混ざって、真境名の声が聞こえて来た。誰かの指示で音量が上げられたらしく、真境名の声だけでなく、吐息のような嬌声や、粘り気のある水分のような怪しい物音、何かが軋むような音も大きくなる。真剣な表情で電話でやり取りしている空湖さんの顔も、どこか気まずそうに見えた。

「そういうプレイも嫌いじゃないですが」

 真境名は息を弾ませながらも、落ち着いた口調で言う。一際大きな声が聞こえたかと思うと、しばらくして小さな金属音が聞こえて来た。織林刑事の手が、だんだん緩められていく。ゆっくりとモニターの方を見ると、上半身裸で汗だくの真境名が、屋外劇場みたいなところで映っていた。後ろには、毛布で身体を隠す大人の女性がいるらしい。ドローンが上手に位置を変え、センシティブなところは映っていない。

 真境名のところに、テーマパークの従業員、キャストの制服を着た若い女が大きめのタオルを持ってやって来た。タブレットを持って来た別の女は、彼が身体を拭きながらでも見やすいように、画面の位置を微妙に変えている。

「おや、パパとママじゃないか。お爺ちゃんまでいるなんて、嬉しいね」

 真境名はドローンに向かってにこやかに笑い、楽しそうに手を振った。どこから撮影しているのか全く分からないが、向こうのタブレットでこちらの様子が分かるらしい。彼はすぐに眉根を顰め、顔の前で両手を合わせた。

「まずは、二人に謝らなきゃ。折角二人にもらった身体なのに、二人とも早速、いじっちゃった。申し訳ない」

 真境名はスクリーンには映っていない、隣の人物にも謝るように促している。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。