2231(仮) 第三〇話

「おい、奴は誰だ?」

 僕らが見せてもらえなかったところから、ずっとスクリーンを見ているはずの米利刑事が、周囲の人間に問いかけた。僕にはその意図がよく分からない。

「え、ふざけてます?」

 思わず口をついて出た悪態に、慌てて口を塞いだ。周囲の視線が僕に集まった。

「どこからどう見ても、真境名じゃないですか」

 僕は画面の人物を指し、米利刑事の顔を見るも、彼はなおもピンと来ていないように見える。彼は「アレのどこが、真境名なんだ?」と僕に聞いてきた。そう言われて、ようやく気がついた。スクリーンに映る人物は、どう見ても真境名と同一人物とは思えない。

 画面の彼は、ついさっきまで見ていた資料の人物、写真に写っている人物とはそっくりだが、目を背けたくなるような特徴的な両目の義眼は見当たらない。至る所に走っていた手術痕や、生身の身体に無理やりつけられたような機械も見つからず、サイボーグ然とした真境名の姿とは、似ても似つかない。

 ザ・シティの設備で目撃したことや、今までの話の流れ、直前まで見ていた資料を勝手に結びつけ、スクリーンに映る彼と真境名とを、自然と同一人物だと認識していた。

「流石はパパだね。話が早くて助かる」

 やや暗い灰色っぽい肌をしている画面の中の彼は、「僕が真境名で、こっちがシエルだ」と隣の女性を画面内へ収まるよう引っ張り込んだ。赤い眼鏡をつけた女性は、首から下はまだ何も身につけていないのか、恥ずかしそうな表情で胸元の布を少し引き上げた。

「地元のテーマパークで、ささやかなハネムーンの最中だ。パパとママ、お爺ちゃんも一緒にどうかな?」

 画面の彼は従者の女からタブレットを受け取ると、ゆっくり立ち上がった。彼を捉えたドローンも、動きに合わせて慎重に画角を変える。周りには、真境名と相手の女性、世話係の従業員以外にも、何人かいるらしい。

 制服を着用している人物は全員かなり若く、全ての顔に見覚えがあった。制服を着ていない人物も、向こうのテーブルに集まっている。そちらを映したスクリーンを見て、駿は「おい、アレ」と叫んだ。

「おっと、すまない。越智くんのご家族も招待すべきだったかな」

 画面の真境名は、僕と桂花さんの家族がドローンのカメラへ映るように、テーブルの周囲をグルリと回る。ザ・シティにいた空湖さん以外は、全員が集められていた。

「越智くんもココで、クルー、キャストにならないか? ついでに助けてやるよ」

 ドローンは、家族卓の近くにいた従業員の顔を大写しにした。たまたまそこを通りかかったキャストは、押井だった。彼だけでなく、僕らのクラスや学年に留まらず、一年生から三年生まで学校中の生徒が集められているらしい。僕にはよく分からないが、駿や桂花さんの部活の先輩、後輩も時折画面に写っているようだ。

「藤倉、いや真境名くんだったかな」

 いつの間にか電話を終えた空湖さんが、スクリーンを見て言った。

「ここに、君が欲しそうなデータが入ってるんだが、見えるかな?」

 彼はポケットから取り出した、細長いメモリースティックを顔の前で軽く振った。画面の真境名は、「ああ、見えるよ。それで?」と言った。

「コレが欲しいなら、取引をしないか? 応じるも応じないも、君次第だが」

「それは構わないが、中身の保証は?」

「ダミーを掴ませる理由が、私にあるかい?」

 真境名は、短く笑った。空湖さんはずっと、真剣な表情でスクリーンを見つめている。

「いいだろう。ただし」

「ーー彼らに持って行かせる。それでいいかな」

 空湖さんは、そのスティックを僕に差し出した。グッと押しつけられて、受け取らない訳には行かなかった。

「条件をもう一つ。警察の関与は無用に願おう。こちらに来るのは、そこの高校生三人だけだ。条件を飲まない場合は、分かってるね?」

 真境名は低い声で笑いながら言うと、少し間をおいてドローンに手を伸ばした。打撃音が響いて、自由落下に合わせた映像が映し出される。地面から数センチ程度の低い映像が映し出され、すぐにそこで映像と音が途切れた。

「江辺野さん、勝手は困りますよ」

 米利刑事が、空湖さんに嫌味ったらしく言った。

「越権行為だったかな。コレは失礼した」

 空湖さんは特に悪びれる様子もなく、舌を出して謝った。僕は彼に渡されたメモリースティックに目をやった。彼は米利刑事に中和剤の生成状況を伝えてから、僕の側へ来た。

「そこに、遊川詩恵留のデータが入っている。辛うじて残っていた、十七、八ぐらいまでの記憶データだけどね」

 さっきまで見ていた資料によれば、彼女がネフィリム計画へ配属になり、藤倉と親密な関係になったのは、彼女が二十代後半になってから。藤倉と共にザ・シティを脱走して亡くなるまでの十年分ぐらいが、ごっそり抜け落ちている。

「不完全ではあるけど、今の彼女に入っているデータよりは遥かにマシなはずだ」

 今の彼女、先ほどスクリーンに映ったシエルは、身体こそ成熟しているように見えたが、生体脳へのデータ移行は完全に終えられなかった可能性がある。あの時、インストールの途中で中断してしまったから?

「真境名の方は、無事に移行できてますよね」

 彼があの時持ち去った、予備とやらも活用して生まれ変わりを果たしたのだろう。促成培養も可能な設備、人格や記憶の移行も可能な施設を備えておきながら、このデータが交渉材料になるのは、不思議な気がする。

「遊川のデータがちゃんと持ち出せなかった、複製にも失敗してたからだよ」

 空湖さんに言われて思い出した。管理部でも、彼女のデータはアクセスの痕跡こそあれど、データそのものは見つけられなかった。脱走後、肉体も人格データも、正規のものは消されたのだろうか。

 それでも、ザ・シティのデータに散らばった痕跡や、ヒストリーを追いかけて、交渉材料にできる程度のデータは引っ張り出した。他の資料もしっかり集めながら、ここまでやり遂げてくれるとは。空湖さんは、とんでもなく優秀な人物のようだ。

「あっという間に、成人した子どものいるパパとママだってよ」

 駿が、僕と桂花さんとを茶化しながら、ケラケラ笑った。彼は僕が持っていた資料を手に取ると、中の写真をじっくり見る。

「いじったって言ってたもんなぁ。そっくりじゃん」

 彼の言う通り、資料の中の藤倉、遊川の二人が完全に再現されていた。ただし、種族の垣根を超えた、第三の人類として。

「やっぱり、好きだったのかな」

 桂花さんも、駿の持つ資料を横から見た。そちらの写真では、藤倉は炭素製の人間として、遊川はケイ素製の人間、機械の人として映っている。

「だから、必死にヤッてたんじゃないの?」

「あー、でも姉弟の近親相姦だよね。デキちゃっても困らない?」

 桂花さんは、眉を顰め、嫌なものを見る目で、今は何も映っていないスクリーンの方を見た。確かに遺伝子的には姉と弟になる。駿は「知らねーよ、そんなもん」と切り返す。

「盛り上がってるところ悪いんだが、ちょっといいかな」

 空湖さんとのやり取りの後、向こうで何やら打ち合わせをしていた米利刑事が、こちらにやってきた。直前の話題が話題なだけに、ちょっと気まずい雰囲気で、ゆっくり声のほうに向き直る。

「さっきのやり取りの通り、ココからは君たち三人で向かってもらう」

 米利刑事は、さっきまで広げていた資料を片付け、必要なものを見やすいところへ広げ直した。

「俺たちは手伝いたくても、中和剤の散布と警察の機能復旧で精一杯だ。例のテーマパークに乗り込むのと、再交渉云々は手が回らない」

 米利刑事は言及しなかったが、人質代わりの学友、家族もあの場にいた。介入がバレれば、どうなるかは分からない。

「ただ、情報提供や装備の供給はさせてもらう。君らの安全確保も、できるだけ我々の方でバックアップしよう」

「安全確保? テーマパークまで行って、やり取りしてくるだけだろう?」

 駿の横槍に、側で話を聞いていた織林刑事が、「それがちょっとね」と口を挟んだ。

「あの元テーマパーク、実はヤバいんですよね」

 織林刑事はそう言いながら、助け舟を求めて空湖さんの方へ視線をやった。彼はそれを受け止め、話を繋ぐ。

「先の大戦時に使われた兵器とか、ネフィリム計画とかで廃棄された色んなものを投棄、保管してたんだよね」

 空湖さんの話によると、随分前に廃業になったテーマパークなのに、跡地の再開発が進まなかったのは、そういう事情があったかららしい。上空からも見えないように、上手く理由をつけて、色んな暗部を覆い隠していたとか。

「その一部を、ヤツは活用し始めたらしい。周辺住民からのタレ込みがあった」

 米利刑事は画面を切り替え、SNSへ上げられた映像をモニターに映した。そこには無人の機動兵器が右往左往している様子や、ツギハギだらけでバランスの悪そうな人間サイズの生き物がウロウロしている様が映っている。

「周辺区域の避難誘導も開始しているが、君らは今からそこに向かわなきゃいけない」

 今、短い映像が繰り返し再生されているのは、テーマパークの外の様子。中の様子も、地獄絵図の可能性がある。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。