2231(仮) 第三一話

 現地へ無事に辿り着けても、中には家族を含めた人質がいる。ドラッグの影響も関係なく、僕らに反発する人たちもきっといる。それでも行かないと、和解のチャンスもなく死を待つだけ。

「取引に応じるんじゃなかったのかよ」

 駿は映像を繰り返し見ながら、悪態をついた。

「アイツらは別に、力尽くで奪い取ってもいいからな。相手が死体でも気にしないさ」

 米利刑事は指を二本立てて銃の形を作り、駿の眉間に当てた。軽く撃つふりをする。一瞬ニヤリと笑い、すぐに真剣な顔に戻った。

「周辺の様子も、中の様子も様子も引き続き探りはするが、迅速な共有は期待するな」

 彼はそう言いながら、トランシーバーを僕に差し出した。

「現地の状況に応じて何を選択するか、こちらから指示も出すが、最終的には君らで考えて、君らで決めろ」

 目の前に差し出されたトランシーバーを受け取ると、彼は「インカムが良ければ、後で選べ」と付け加えた。

「最大の懸念は、彼らが元研究員ってところかな」

 空湖さんが、僕に渡した資料を何ページかめくり、僕を含めた他のメンツに見えるよう、ファイルの向きを変えた。ネフィリム計画に関する主要メンバーの項目と、藤倉、遊川脱走に関する情報が、一部黒塗りで提示されている。

「この街のことも、ザ・シティのこともよく分かってる」

 黒塗りの部分は不明だが、ザ・シティからの脱走に関して、相当の準備もしていたらしい。今の遊川氏にどこまで当時の記憶があるか、能力があるかは不明だが、外からピューパを起動する装置や、セントラルドグマを外す方法については彼女の方がメインで開発を進めていたらしい。

「ここに記載されていない情報、黒塗りで開示できない情報も、まだまだ出てくるかもしれない。私が知らない機密も、沢山知ってるんじゃないかな」

 僕からすれば、空湖さんでも十分に思えるけど、藤倉、いや真境名の知識や技術はその上の上、と。人質を取られた上で、ただの高校生が相対する相手としては、かなり厄介な部類に入る。

「まあ、そんな悲観的な顔をするなって。できるだけバックアップはするからよ」

 米利刑事は、僕の肩を軽く叩いて笑顔を見せた。彼は僕のリアクションを見ることなく、近くにいた織林刑事に「しばらく、頼んだぞ」と指揮の割り振りを依頼する。織林刑事が事情を飲み込みきれず戸惑っているのも構わず、僕と駿、桂花さんに「付いてこい」と声を掛けて歩き始めた。一拍遅れて、その背中を追いかける。

 大きな会議室を抜け、ホテルのバックヤードを突っ切って、荷捌き場の奥へやって来た。食材が運ばれていくのを横目に見ながら、資材置き場の一角へ造られた区画に辿り着いた。警察によって運び込まれたらしい備品や装備がズラリと並べられている。奥の方には、空湖さんが持ち込んだのか、ザ・シティからの供給らしい腕や脚も、専用のケースに入って積み上げられていた。

 とりあえず僕は、防弾ベストやプロテクター、インカム付きのヘッドセットに手を伸ばした。簡易な特殊部隊の装備ぐらいが、無理なく使えそうな気がする。桂花さんも、ほぼ同じ装備を選んでいた。米利刑事に使い方を教えてもらい、インカムで相互に通信する練習もできた。

「サブマシンガンとか、銃も持っていくか?」

 米利刑事に武器を勧められながら、「いやぁ、流石にそれは」などとやり取りしている間、駿は腕組みをしたまま片隅に積み上げられたケースの前に立っていた。よくよく見ると、二つのケースを見比べながら、一人でうんうん唸っている。

「どうした?」

 見かねた米利刑事が、後ろから声をかけた。駿は、「あのさぁ」と言いながら、二つのケースを指差した。

「こっちの奴と、こっちの変なマークがついた奴。何がどう違うの?」

 駿が比較していたケースのうち、左にあるケースには、要注意っぽいビックリマークが描かれていた。米利刑事はそれを見て、「ああ、それか」と言った。

「こっちが軍事用で、こっちが警察向け。基本性能はほぼ同じだが、こっちはリミッター解除の機能がある」

「リミッターを解除すると?」

「自壊覚悟で火事場の馬鹿力を発揮できるが、頭にも若干の影響が出る」

 駿は「なるほどね」と、マークが付いている方のケース、軍事用のものをジッと見ながら言った。

「ちなみにコレ、おやっさんに言ったら首から下、全部変えられたりする?」

 駿の言葉に、米利刑事は「おやっさん?」と首を傾げた。僕が「江辺野さんです」と横から補足すると、彼はすぐに頷いた。

「聞いてみるか?」

 駿は、米利刑事の問いかけに即座に頷いた。米利刑事はケータイを取り出し、少し離れたところで電話を架けた。駿は、例の注意マークがついた軍事用のケースを色々と物色し始めている。

「どうするつもりなんだ?」

「できる限りのことはしたくってさ」

 駿の側でしゃべっていると、米利刑事が後ろから、話がついたと駿に言った。

「もうすぐ来るってさ」

「ありがとうございます」

 駿は米利刑事に頭を下げた。米利刑事は、僕と桂花さんの背中を押して、武器の選定を進める。銃にするか、白兵戦向けの得物にするか、多様な武器を目の前にして悩んでいると、空湖さんが走ってやって来た。駿を連れて、どこかへ去っていく。

「彼のことは、江辺野さんに任せよう。君は君で、ちゃんと武器を選びなさい」

 遠ざかって行く駿の後ろ姿が気になったが、米利刑事に身体で視線を遮られた。

 空湖さんに連れて行かれた駿は、やっと会議室に戻ってきた。見た感じでは、前より引き締まってスマートになった気がする。僕らと同様に最低限のプロテクターも身に付け、武器っぽいものは装備していない。左腰に、伸び縮みする警棒らしきものが見えるぐらいだ。

 僕も、駿が身につけているものと同じ警棒と、「これだけは持っていけ」と言われた拳銃を装備した。威力のありそうなリボルバーではなく、セーフティを外して引き金さえ引けば、弾数もあまり気にせず使えるタイプ。桂花さんはこれに加えて、連結式の長物、最終的には両手で扱う長さの棒を選択した。

 彼女曰く、「棒高跳びでも使うから」らしいが、戦いの場で使えるかどうかはよく分からない。出来れば、僕が持たされた合成樹脂製の盾の後ろで、守られて欲しい。

「戻って来るまで、元の身体はよろしく頼むよ」

 駿が空湖さんにお願いすると、彼は「任せとけ」と力強く返した。部活で鍛えてきた身体も、古谷から受け継いだ大事な右腕も、大切に保管して来たようだ。

「少しは戦えそうになって来たじゃない」

「まだまだ大将が頼りないけどな」

 米利刑事の感想に、織林刑事は「もー、そんなこと言わないの」と抗議した。どこまで行ってもひょろ長で、何をやっても頼りなく見えるのは、本人がよく分かっている。

 ここまで持って来た荷物をバックパックに詰め替え、出発の準備を整えた。もう一度、テーブルに広げられた地図の前で、現在地とルートを確かめる。

「現在、時刻は午前十一時三十二分。最短ルートで一時間十六分だ」

 堂島川沿いに中央市場の方へ抜け、安治川に沿ってひたすら西へ向かうルート。そもそも、テーマパーク周辺の道に選択肢が少ないのだが、延々とまっすぐ進む分、逃げ道も少ない。

 暴徒化を鎮静する中和剤の散布が始まっているとは言え、産業用ロボット等のシステム復旧まではまだ手が回っていないことも踏まえると、例の中央市場へ接近するのは避けたいところ。一度迂回して新福島から野田の方へ抜け、淀川を越えない程度に安治川との間でジグザグに進むのがベターだろうか。

 どれだけウロウロしても、二時間とか、三時間もあれば到着するはず。よほど激しい戦闘でも起こらない限り、時間にはまだまだ余裕がある。

「ま、ここで議論を重ねても、現場を見ないと判断できないでしょう」

「あとは、甲斐くんたちに委ねましょう」

 米利刑事や織林刑事、その他の大人たちは何だかいい感じに会議をまとめたつもりだろうが、結局、何も決まっていない。僕らに丸投げで、なんとかしろということらしい。

 バックパックに地図が入っているのを確かめて、カバンの口を閉じた。持って行くものを念入りにチェックしていると、後ろから米利刑事が声を掛けてきた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。