2231(仮) 第三三話

 新福島駅の上を通りながら、野田の方へ向かって歩く。この辺りも平日日中のいつもの賑わい、交通量はよく分からないが、幅の広い歩道を行き交う人はあまり見かけない。もう少し行けば、あみだ池筋と交差する。そこでさらに左に曲がれば、さっきまでいた国際会議場へ抜けられる。

 雨上がりで気温が上がり、蒸し風呂めいた気候の中、それほど風通しの良くない衣類を身につけ、重たいバックパックを背負い、黙々と歩いていると、それなりに気力も体力も消耗してくる。まだまだ歩き始めたばかりだが、ここから例のテーマパークまで、多少の回り道もしながら辿り着くことを思うと、気が滅入りそうになる。

 授業も部活もなく、体力が有り余っているらしい駿は、機嫌良さそうに周囲を観察しながら歩いている。

「修学旅行も、こんな感じか?」

 彼は、静かに歩く僕らを見ながら、正面に背中を向けてゆっくり歩く。真面目に黙々と歩くのは性に合わないのだろう。ただ、グループ行動の他のメンツが揃っていても、そんなにワイワイやるようなイメージもない。

「テッちゃんが居ても、こんなもんじゃない?」

 彼や稲荷さん、嶋田さんが加わっても、男子は男子、女子は女子で付かず離れずになりそうだ。そのうち駿が悪ふざけをして、稲荷さんが嗜める。嶋田さんはシニカルにそれを観察して、テッちゃんもテッちゃんで、我関せずとマイペースに、彼の不思議な手綱捌きで次の目的地へ難なく辿り着く。まとまりがあるようでない、変なグループになった気がする。

「嶋田も、あの二人も、あそこにいるんだよな」

 駿はボソッと呟いた。

「お前は、どんな顔して会う?」

 彼の素朴な疑問に、僕は答えが出なかった。例のドラッグ、薬物がどこまで影響を与えていたのか、今もよく分からない。昨日目撃したアレが彼らの本心だとするなら、それまでのような付き合いが、今後もできるとは思えない。

「次は、どっちに行くの?」

 僕がぼんやりしていると、桂花さんが声をかけてきた。顔を上げると、目の前に鉄道の高架が見えてきた。このまま通りに沿っていけば私鉄の野田駅、高架に沿って左へ折れれば環状線の野田駅に辿り着く。

 福島駅での状況を鑑みるなら、駅前というのは不用意に近付かない方がいい気もする。一旦高架に沿って曲がり、税務署の横を通るルートを選ぼうか。高速道路をくぐってから、その先にある地下鉄の駅をちょっとだけ迂回する道にしよう。近くにある区役所の辺りまで北上して、北港通というので西へ向かってもいい。

 高架とぶつかる手前の交差点で、左に曲がった。ちょっと信号が多くてややこしい上に日陰もないけど、渡れるうちに道路を横断して向こう側へ移る。これで、高架に沿って歩く格好になる。

 ここからは、細かく地図を見ながら細かい道をジリジリと北上する。さっきまでの大きな通りではあまり人を見かけなかったのに、徐々に細い道へなるにつれ、歩行者も自転車も増えていくような気がする。住宅街や街中にふさわしくない格好で歩いているのを、ジロジロと見られる機会も増えてきた。

「そう言えば、お前は何で昨日、あそこにいたんだ?」

 相当数の授業がリモートになったとは言え、こんな時間に高校生が表をうろついているのが気に食わない、と言った様子のおじさん、おばさんの顔を何度か見送ったところで、駿が桂花さんに言った。

「あそこの先生が、お父さんの知り合いで」

 彼女が言った先生とは、先日お邪魔した資料室の持ち主だろうか。確か、薬学関係の教員だったっけ。

「昔から憧れの人というか、師匠みたいな人でさ。家で勉強するぐらいなら、押しかけちゃえと思って」

 押しかけちゃえで、大学へ自由に出入りできるのも羨ましい。お父さん、身内が職員だから、余計にやりやすいのか。「憧れの人」という表現は若干気になるが、どういう経緯でそんな環境、境遇を手に入れたのかも、そのうちゆっくり聞いてみたい。

「師匠ってことは、進路ももうそっちに?」

「志望校は変えるかもしれないけど、分野的にはそっちかな」

 駿は気の抜けた声で「へー」と言った。

「ちゃんと考えてるんだな」

「越智くんだって、野球じゃないの?」

「プロは無理だな。大学に入れたら、先を考えるよ」

 駿はそう言いながら一瞬足を止め、何も持たずにエアーでゆっくりバットを振った。実物を握らずに振ったのがしっくり来なかったのか、二、三日部活で練習できておらず、感覚を失いつつあるからなのか、その場で首を傾げた。

「甲斐くんは?」

 桂花さんの質問がこちらに向いた。興味津々な顔には申し訳ないけど、コレといった目標は特にない。

「やっぱり、作家さん?」

 彼女は空中で、ペンを握って何かを書くような仕草をする。

「いっつも、なんか書いてるじゃない」

「ああ、アレ」

 教室でも手持ち無沙汰な時にメモ帳へペンを走らせている、ただの現実逃避。そんなところまで見られていたとは、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な心境だ。あんなものを多少推敲して磨きをかけたところで、箸にも棒にもかからない。

「作家なんか、僕には無理だよ。才能も何もないのは自分でも分かってる」

 物書きに必要そうな面白さもないし、詩歌のセンスもない。今だって、気の利いた言葉のやり取りすら出来ていない。

「どこにでもいる、ただのつまらない高校生さ」

「俺らはそのツマラナイ奴に付き合って、汗かいてるんだけど」

 駿は僕の顔をチラリと見るなり、彼に渡したペットボトルの水をガブガブ飲んだ。

「ま〜た、そんなに虐めないの」

 桂花さんも、高速道路の高架をくぐる辺りで水を取り出し、一口飲む。信号を渡り切った先にある横丁というのを通り抜ければ、福島区民センターや区役所といった建物にぶつかる。ちょっと右手に行けば駅前だが、人の行き来が賑やかなだけで、変な人だかりや怪しい人影も特にない。

 それなりに遠回りをしたが、時刻はまだ午後二時から二時半といったところ。無理のない速度で歩いてこのペースなら、そんなに悪くない。どれだけ遅くなっても、午後四時までには着きそうだ。

 地下鉄の真上に差し掛かる辺りで、駿が急に周囲を気にし始めた。どうやら、水を飲みすぎたせいでトイレにでも行きたいらしい。延々と歩き続けて一時間超。休憩を入れてもいいかもしれない。

 北港通に出て道路を渡れば、向こう側にコンビニがある。そこがダメでも、少し歩けば区役所だ。流石に区役所なら借りられるだろう。変な格好でも大丈夫であること、警察から話が通っていることを願い、ひたすら歩くだけ。

「どうだ、間に合いそうか?」

 ちょっとずつ口数が減ってきた駿に声を掛けると、彼は余裕を失いながらも、頷いた。コンビニで断られた時は顔が青くなっていたが、区役所なら多分、何とかなる。彼のためにトイレのことを気にしていると、自分も段々行きたくなってきた。

 微妙に気を紛らわせながら、やや早歩きで区役所へ向かっていると、通りの向こう、公園の方から妙な声が聞こえてきた。ややこしい連中は、駅前だけでなく、こういうところにもいるらしい。

 極力気にしないよう、向こうからも気付かれないように、区役所へ入った。受付で事情を説明し、警察からの要請も間に合っていたらしく、トイレは滞りなく借りられた。桂花さんも行けるうちに行っておくと、僕らと同じタイミングでトイレに入った。

 先に出た僕らは、待合の椅子を借りて軽い休憩を取る。空調が効いているのも非常にありがたい。桂花さんにも椅子をすすめ、十分ほど休んでいくことにした。

 ジッとそこで冷気に当たったり、足を休めたりしていると、外から聞きたくもないシュプレヒコールが響いてくる。どうやら段々、こちらへ近づいてきているようだ。さっきの公園にいた連中が、デモ行進でもしているのだろうか。

 区役所の前で立ち止まったらしく、「機械の横暴を許すな」や「機械は道具に戻れ」だの、そちら側の主張を浴びせられている。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。