2231(仮) 第三六話

 高速道路の高架がはっきり見えて来た。双眼鏡でそちらの様子を伺うと、格闘技のリングのようなロープが張り巡らされ、さらにその奥で、肌の色が悪そうな「いわゆるゾンビ」みたいな人物や、得体の知れない実験動物が群れを成して待機している。

 上空には、一定のルートを飛行するドローンと、センサーでこちらを認識していそうな突撃用っぽいドローンがいくつか見える。物理的な壁が空中にまで伸びているようには思えないが、ロープを中継しているポールを超えて近付いてくることはないらしい。

「警察署って、あの奥だよな」

 駿も次の交差点の向こうを見ていた。

「あそこで状況整理してから近付きたかったけど、仕方ないか」

 彼は両肩と首をゆっくり回し、その場で屈伸やらアキレス腱伸ばしやらを、入念にやっている。桂花さんはここまで三つに分割して運んできた例の棒を、一つに繋ぎ合わせた。連結部分が外れないか、僕らから少し離れたところで、その棒をゆっくり回す。長めの物干し竿といった様子で、重さや取り回しにも不安はないといった表情を浮かべている。

 区切りのロープは道路に沿って、南北に伸びている。恐らく北は淀川まで、南は安治川の辺りまで続いているのだろう。迂回して他の道から進入したところで、向こうのスタンバイ具合は変わりそうにない。

「で、どう攻める?」

 準備運動を終えた駿は、警棒をしっかり握ってこちらを見た。その目つきが、すぐに鋭くなる。

「じっくり考えている暇はなさそうだな」

 彼の言葉に後ろを振り返ると、衣服が乱れたままゆっくり近付いてくる人影が幾つか見えた。北や南に視線を向けると、同じように生ける屍めいた人型の何かが僕らの方へ近付いてくる。どうやら、一般人に紛れていた厄介な連中がこちらに集結しつつあるようだ。

「此花区役所から先は、市民の避難は終わってるんですよね?」

 僕はインカムのマイクを引き寄せて言った。即座に「ああ、大丈夫だ。やりたい邦題、暴れてくれ」と米利刑事の返事が返ってきた。僕が駿、桂花さんに視線をやると、二人とも何も言わず、頷いた。

 僕は拳銃を引き抜き、セーフティを外した。今目視できる範囲でも、相当な数の怪物が見える。これを全て倒せるような弾薬、体力は多分ない。駿の警棒も、桂花さんの長物も、きっとどこかでダメになる。相手の布陣も今後の補給も読めない状況で、無策に飛び込むというのは避けたい。

「上のは、頼んだ」

 駿は警棒を振りかざし、一直線に敵陣へ突っ込んで行った。早速、上空のドローンが彼に銃口を向けながら高度を落としてくる。

「ほら、援護しなきゃ」

 桂花さんはボサっとしている僕の背中を軽く叩き、駿に続いてロープの向こうへ走っていく。どうしてこう、じっくり考えさせてくれないのだろう。湧き上がってきたイライラも込めて、駿を狙うドローンへ向けて引き金を引く。背後のゾンビに囲まれないよう、僕も走りながらロープの方へ向かう。動きながらだと手元がブレて仕方ない。

 ロープの目の前にいる四足歩行の実験動物、二足歩行のミノタウロスみたいな大きな人型の怪物も、無駄弾を承知で何発か打ち込んだ。駿、桂花さんが中へ入る前に、厄介そうな障害は除去できたらしい。先に展開している彼らは、体の一部が欠損している人型や、逆に首が増えている犬っぽい実験体を、手当たり次第に打ち倒している。僕は彼らが手を出しにくそうな空中のドローンやキメラを優先的に排除して、彼らとの距離を縮める。巡回型や、体当たり以外の攻撃手段がなさそうなものは一通り撃ち落とせたので、拳銃は一旦しまって、僕も白兵戦に切り替えた。

 すぐそばの通路から飛び出して来たゾンビを反射的に打ち倒したが、この距離感で怖がることなく、嬉々として戦えている彼らは凄い。直接殴打した感覚も、なんとも言い難い手応えだった。

 僕がやっと一体倒す間に、桂花さんは大体三体前後、駿に至っては相手の大小を問わずに次から次へと倒していく。いつの間にか、彼は警棒を放り捨て、自らの拳や脚を駆使して格闘戦に移行している。桂花さんの長物も、僕の警棒も、もう数回の打撃でダメになりそうだ。

 駿の背後を狙うゾンビへ、咄嗟に銃撃を浴びせる。こちらに体当たりを仕掛けて来たドローンへ銃口を向け、引き金を引くものの弾は出ない。咄嗟に警棒を打ち下ろし、目の前に迫ったそれを破壊した。

「駿っ」

 僕は彼に向かって叫んだ。彼が振り向いたところで、警察署の建物を顎で示した。彼は目の前の敵を撃ち倒してから頷いた。最後の一発で得物がダメになった桂花さんの腕を引き、駿より先に警察署の前に来た。残念ながら入り口も窓も施錠されていて、まともに入る方法はない。僕は近くに落ちていた破壊済みのドローンを拾い上げ、自動ドア横の大きな窓に叩きつけた。ドローンは一回でひしゃげるが、窓には小さなヒビも入らない。

「何やってんだ」

 こちらに駆けつけた駿が、自動ドアの隙間に指を入れて強引に開ける。奥に見えた分厚そうな防犯シャッターも、彼は力任せに打ち破った。

「ほら、早く」

 駿に促され、ようやく警察署の中へ入る。窓という窓にブラインドが降ろされ、内部は薄暗かった。近くで見ると小さな傷をいくつか負っている駿は、肩で息をしながら「それで?」と僕を見て言った。

「屋上からの状況把握と、弾薬、武器の調達かな」

「じゃあ、屋上は私が」

「よし、行こう」

 スッと名乗り出た桂花さんに、駿は彼女の装備していた盾を借り、二人で屋上へ向かった。署内の物色、資材調達は僕が一人でやるらしい。手分けすべきなのは良く分かるし、中の安全性も考慮すると二人で動いた方がいいのも分かるが、それならこちらも二人以上で動きたい。守るなら彼女にすべきという判断も正しいと思うし、腹を括って物色に専念しよう。

 まずは拳銃保管庫と警棒の予備を見つけたい。その他に活用できそうなものがないか、じっくり考えながら捜索にあたる。そう、例えば消火器。鈍器にもなるし、煙幕的な使い方もできる。消火器が鈍器になるなら、地図上で見えた中学校や小学校にありそうな金属バットも武器にできる。駿の今の腕力なら、普通のボールだって投擲武器になり得るかもしれない。

 インカムで米利刑事と連携を取りながら、拳銃保管庫を見つける。念のため、彼に確認をとってから銃と弾薬を回収する。近くの倉庫に、備品として保管されている警棒も発見した。これもザッと何本か、バックパックにザッと詰め込む。

 死角が多く、必死に気を立てて周囲を探りながら歩を進め、一旦ロビーに向かった。今のところ、妙な相手には遭遇せずに済んでいる。このまま何も起こさずに外へ出たい。

 駿と桂花さんの二人を待っていると、背後のエレベーターが降りて来た。不思議なことに、二台がほぼ同時に降りてきている。奥の方が若干早い。二人で行ったのに、バラバラに戻って来ているのだろうか。

 インカムに通信が入る。「スマン、ミスった」と駿の一方的な声が耳に飛び込む。意味も分からず、到着音が聞こえたエレベーターの方を見た。そこには、無理やり機械を取り付けられたゾンビが迫っていた。僕は慌てて近くの消化器を持ち上げ、そのまま振りかぶって叩きつける。上手く顔にぶち当たり、鈍い音が聞こえた。ゾンビが足元に倒れると、その向こうから駿と桂花さんが現れた。今の情けない悲鳴も聞こえていたらしく、駿の意地悪そうな笑みが非常に辛い。

「何だよ、今の」

 僕は慌てて取り繕いながら、彼らに文句をつけた。駿は、「悪い悪い」と頭を触る。

「エレベーターで降りるつもりが、先にそいつが乗っちゃって」

 彼は足元のそれを指しながら言う。

「慌てて追いかけたんだけどね」

 桂花さんが、駿をフォローする。慌てようと何しようと、エレベーターで追いかけたところで、同じエレベーターなら追いつくはずもない。駿は話題を切り替えるべく、「それで」と切り出した。

「上から見える範囲で確かめたけど、統制の取れた陣形みたいなのは分からなかった」

「個々でバラバラに点在しているみたい。それに、テーマパーク前には巨大ロボットみたいな自律兵器も二つぐらいあるみたいで、アレは勢いだけじゃ無理かも」

 前に映像で見た奴か。中央市場にも巨大なロボットがあったが、アレより巨大で武装もしていた。銃と弾薬を補充したところで、突破できるようなモノには思えない。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。