2231(仮) 第三八話

「ほら」

 駿が、紙のバインダーにまとめられた資料を僕に投げて寄越した。僕が目の前の重機に気を取られている間に、彼は脇にある小部屋を物色していたらしい。バインダーの表紙には、「操作マニュアル」と書かれたラベルが貼ってあった。

 相当使い古されているのか、しばらく更新されていないのか、表紙がよれよれでところどころ破れたりもしている。表紙を捲ったところに、剥がれないように四隅をテープで固定された付箋に、「屋外で起動すること」と書かれていた。建屋のサイズ感からしても、ここでは直立させられそうにない。

 操縦には専用の免許、講習も必要らしく、中々複雑な作りらしい。ただ、我々向けに直結ケーブルも用意されていて、首の後ろにそれを挿し込めば、自分の体を動かすように操縦することも可能らしい。内部のOSと直結した時の感覚や操縦方法がどんなものかは、やってみないと分からない。兎にも角にも、まずは、外へ持ち出さなくては。

 重機の周りをじっくり観察すると、メンテナンスベッドを兼ねた土台の上に寝かされているらしい。その下に、専用のレールっぽいものが敷いてある。レールの先に視線をやると、コレを出し入れするのにちょうど良さそうな開口部が見えた。閉めてあるシャッターを開ければ、先頭の牽引車で外へ持ち出せそうだ。

 駿と桂花さんとの連携により、そのシャッターが開けられた。駿は牽引車の運転席に乗り込み、手当たり次第にレバーを操作する。牽引車が起動状態になり、駿の操作に合わせてゆっくり外へ向かって動き始めた。潤滑油が足りないのか、相応の重量があるのか、ガレージ中に金属の軋む音が響き渡る。耳を押さえながら、牽引車と重機が外に出るのを追いかけた。

 外に出して陽の光に当てると、塗装のハゲ具合と外装の細かい傷に、年季が入った貴重なものだということがよく分かる。その重機が寝かされている基部は相当薄い作りになっているが、運転席っぽい部分へ乗り込むには専用の機材か、ちょうど良い脚立が必要な気がする。一旦牽引車の方から、後ろに移るのがベストだろうか。

 駿は何かのレバーを引いて、牽引車の運転席から飛び降りた。

「こいつの操縦は、お前の担当な」

 駿は背後の銃器を、親指を立てて差しながら、僕に向かって言った。急な展開に、一瞬「えっ?」と聞き返した。それを聞いた彼は、「江辺野にはキツいだろ?」と言った。

「俺はリミッター解除で突撃することもできるけど……」

 駿はその先を言わなかったが、言いたいことはよく分かる。誰が繋いだかも分からないケーブルを挿しさえすれば、多少は動かせる。それが出来ない桂花さんに、ゼロから操縦して役に立てというのは難しい。

 彼には他の選択肢もある。今の人員を最大限に生かすためには、消去法で僕がベストというのは間違いない。

「とにかく一回、静かに起動させてみよう。試運転だ」

 駿に促され、とりあえず牽引車を経由して運転席に収まった。電源を入れて起動させ、専用のケーブルを探した。端子の先がかなり汚れている。アンダーシャツの袖で何度か拭き、首の受け口を手で触って確かめながらケーブルを差した。首の根元に異物が深く入ってくる感覚に、急に悪寒が走る。操作パネルの表示が一旦落ち、すぐに僕を認識して再度立ち上がった。重機側のOSと連結する感覚も非常に気持ち悪い。得体の知れない何かと手を取り合っているような、何とも表現しにくい感覚だ。

 そのまま、操作パネルに従って「直立」のボタンを押した。シートベルトを確認してください、と一瞬確認が表示されたが、即座にOKを押してしまった。システム側の自動制御で運転席から下が、メンテナンスベッドから降りて立ち上がる。運転席はその場に止まり、極力向きを維持して重機の一番上、頭の部分に収まり直した。運転席の中でもみくちゃになっている間に各部がロックされ、直立への移行が完了する。

 直立すると、高さ的には一〇メートルは行かないぐらい。ここから見下ろすと、ちょっと高いなとは思う。ただ、その中でいつもとサイズの変わらない自分も共存している感覚というのも、新鮮で気持ち悪い。

 操作パネルに目を落とすと、燃料不足、充電不足の表示も出ている。軽油とバッテリーの併用らしいが、どちらも前に使った人がしっかり補給しなかったらしい。ゆっくり動かしても、最大三〇分程度でシステムが落ちるようだ。

 とりあえず、足元の二人には離れてもらって、ゆっくり手や足を動かしてみる。良くも悪くも、いわゆる重機。そんなに機敏には動かない。大きさの問題もあるし、歩行速度もそこまで早くない。車輪で高さ制限がなければ一般道の走行もできるようだが、時速四〇キロ程度が出せれば御の字といった様子だ。アニメのように、機敏に動けて、何もかも器用にこなせるロボットとは言い難い。

 一旦アイドリングにして、二人の意見に耳を傾ける。

 ここからも直立して目視出来たのは、一回りから二回り程度大きい機動兵器が二体。向こうは更に、飛び道具の専用銃器も装備している。無防備に突っ込むよりマシといった程度にしか、状況は改善していない。

「江辺野と俺でメインゲートに向かうから、お前はそのまま車道を走って合流だな」

「陽動はこっちでやって、仕上げをお願いしようかな」

 地上の二人は気楽な調子で言う。ここから突っ込んでいくにしたって、テーマパークの中へアレを倒す訳には行かない。メインゲート前の広場、製鉄所の方へ押し倒す必要がある。

「江辺野が撹乱、俺が陽動。お前がフィニッシュ。良いな」

 駿が良い作戦だろと言わんばかりに、ドヤ顔で言う。何かが決まったようで、本当は何も決まっていない。僕は江辺野さんに「無理はしないように」とインカムで声を掛けた。

「じゃ、行くぞ」

 駿の掛け声で、彼ら二人は駅の方からテーマパークの方へ向かった。僕は僕で、極力駅舎や高い建物に身を隠しながらそちらへ近付く。ただ、駅前、テーマパーク前は見通しがよく、身を隠す場所はない。早速、二台のうち手前の一台に見つかった。すぐにもう一台と共に連携をとって、こちらに銃撃を仕掛けてくる。

 僕は慌てて背後のホテルや駅周辺の建物を盾に、銃弾を躱す。今の攻撃でそちらへ行った二人に何もないことを祈りつつ、武器代わりにそこら辺の信号機を引っ掴む。綺麗に弾き抜ければまだ武器にもなったのに、中途半端に折れて使い物にならない。追いかけてきた二台を見て、更に慌てて元の道に戻る。

「ごめん、ミスった」

 インカムから桂花さんの声が聞こえてくる。こちらも慌てふためきながら、「何を?」と聞き返す。

「二台じゃなかった。もう一台いた」

 桂花さんの回答に、思わず舌打ちする。ここに来てそれは、重大な見落としじゃないか。僕は彼女に悪態をついたことを心の中で謝りつつ、「それで?」と続きを促した。

「こっちは、越智くんが一人でやっつけた」

 つまり、向こうはとりあえず無事で、こっちに来ている二台を何とかすれば、目下の課題はクリアできると言うことか。僕は取り急ぎで「了解」と返し、後ろから来ている二台を確認した。

 僕は心の中でもう一度ごめんなさいと唱えながら、道路標識のついた白いポールと、隣にあった街灯を引き抜いた。今度は根本から上手く外れて、振り回すのに十分な長さになった。貨物置き場へ踏み込んで手前の一台を上手くやり過ごし、後ろにいた奴に両手に握ったポールと街灯を叩きつけた。バランスを崩した相手はその場で前のめりに倒れる。

 彼ら専用サイズの銃からマニピュレーターが離れた。僕はそれを必死に奪い取り、倒れた一台を踏みつけ、方向転換してきたもう一台に向けて引き金を引いた。激しい反動がこちらの腕にも響いてくる。

 相当数の弾丸を撃ち出したところで向こうは沈黙し、その場に沈み込んだ。足元でもがくもう一台は出力を上げ、力ずくで僕の足を押し返した。僕は持っていた銃を振り回し、貨物置き場の架線にそいつを押しやった。架線から伝わる電流に、もう一台も静かに沈黙する。

 そこで重機の燃料が切れた。バッテリーも残量がゼロになり、一気にシステムがダウンする。ダメになる直前で直立モードが解除され、視界が途端に低くなる。首のケーブルを無理やり外し、運転席から下に飛び降りた。足を少し傷める程度で、着地が叶った。痛みを堪えながら、先に行った二人を追ってメインゲート前へ向かった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。