2231(仮) 第四〇話

「それで、君らの要望は?」

 真境名は早速、話題を切り出した。僕はバックパックから例のメモリースティックを取り出して、テーブルの上に置いた。

「こんな局面で、フェイクを掴ませるような君らじゃあるまい。望みを単刀直入に言え」

 真境名は随分面倒臭そうに、話を先へ進めようとしている。手っ取り早く終わらせて、彼らの時間を過ごしたいらしい。彼のペースに飲み込まれるまいと、手元のドリンクに手を伸ばした。コップの中の液体を、上から覗いて確かめる。

「毒見がいるなら、妹にでも飲ませたらどうだ。出来損ないの妹に」

 彼は僕の隣に座っている真珠を顎で差した。

「大事な妹を出来損ないとは、随分な言い方だな」

 僕は腹を括って、ドリンクに口をつけた。グッと一口飲む。甘味が控えめな、よく冷えた普通の炭酸水に思える。真境名は口の端を上げ、「言うようになったな」と笑った。

「だが、君の足枷だ。あの婆さんと共にな。その証拠に、君はいま自由だ」

 真境名の言い分が全て正しいと認めたくはないが、ばあちゃんが死んだ日から僕の自由な時間は一気に増えた。アイツに振り回された側面もあるとは言え、少なくともこの一日半ぐらいは、何にも縛られていない。

「うっかり殺すキッカケも渡してやったのに、使わないんだもんなぁ……」

 彼はそう言いながら、顔の横で中身がなくなった緑のボトルを振った。独特の形をプラスチックで再現した、あのボトル。急に嫌な予感がして、口に含んだばかりの液体を吐き出した。もう飲んでしまった分もできれば吐き出したかったが、喉に指を突っ込んでも無理だろう。

 口元を汚した僕に、稲荷さんが横から未開封のお手拭きを差し出してくれた。その手はやはり震えている。僕は彼女に「ありがとう」と言いながら、お手拭きを押し返した。アンダーシャツの袖で口元を軽く抑える。

 真境名はこちらを見ながら、声を出して笑う。

「そんなに慌てなくても大丈夫さ。外から二撃目を加えないと、作動しない」

 横目で駿、桂花さんの方を見た。二人とも、顔から血の気がひいているように思える。僕らの反応を見ても、家族は俯いて微動だにしない。視線を真境名に戻す。

「察しが良くて助かるよ。来場者特典のウェルカムドリンクだからね」

 アイツの性格の悪さをすっかり忘れていた。

「君が望めば、いつでも消してやるよ。新しい体を望むなら、それもくれてやる」

 真境名はこめかみを指で叩いて言った。物理的に命を絶つと言う意味合いではなく、僕ら家族の記憶から、真珠の存在を消すと言う意味だろう。彼ぐらいの立場なら、何不自由ない身体に移し替えるのも、朝飯前なのか。

「それで、望みはなんだ? 時間がないのはお互い様だろう。早くしてくれないか」

「僕らの望みは二つだ。家族や友達の安全と、再協議への協力要請、この二つだ」

「取引材料は一つで、願いは二つか。随分欲張りだな」

 真境名はそう言いながら、腕を組み、手を口元に当てた。長々と考え込むように思えたが、彼はすぐに口を開いた。

「身体をくれた礼に、家族と友達の安全は約束してやってもいい。望むなら、セントラルドグマも解除してやろう」

 セントラルドグマを外せれば、タイムリミットがジリジリと迫っているリセットを、真境名や遊川と共に切り抜けられる。まるで、大洪水を生き抜くノアの方舟のように。真境名に選ばれたものだけが、次の世界へ望みを繋げる。

 だが、彼は神様とは程遠い。少しでも意に反する奴は、易々と切り捨てる。無邪気とも言える残酷さに、歯止めをかける様子もない。

「そうなると、望みは再協議への協力要請の一点か。こちらが得るものと、一対一ではあるな……」

 真境名はゆっくりと口を閉じた。何かを考えているのか、口を結んだままゆるゆると鼻で息を吐いた。

「じゃあーー」

「ーー断る」

 僕の言葉を遮るように、彼は間髪入れずに言った。

「お前らと共に死ぬつもりもないが、お前らが死に絶えるのも、どうでも良い」

 彼は隣の遊川を抱き寄せ、見せつけるようにもう一度額にキスをする。

「俺には詩恵留がいれば、それでいい。二人だけで、未来を築いていくさ」

 彼の回答に、僕はテーブルに置いたメモリスティックへ手を伸ばした。僕より一瞬早く駿の左腕が伸びるが、その腕をテッちゃんが抑えた。彼は震える手でメモリスティックを拾い上げ、駿から遠ざける。駿はテッちゃんを睨みつけ、「そいつを渡せ」と言った。

「止せ」

 僕は横から駿に言う。彼は僕の制止を気にすることなく、テッちゃんを睨み続けている。テッちゃんは駿から視線を逸らし、そっぽを向いた。駿はなおも、彼に「渡せ」と繰り返した。

「そこの脳筋、状況は理解してるよな?」

 真境名が駿に言った。駿はそちらを見て、「分かってるよ」と答えた。

「やっと俺を見たな」

 駿の言葉に、真境名は表情を変えることなく「それがどうした」と返した。

「古谷のことも覚えてるよな。なぜアイツを殺した?」

「ああ、それか」

 真境名は鼻で笑い、肩をすくめる。

「細かい理由なんか、覚えてないね。俺は元から嫌いなんだよ。お前らみたいな脳筋が。それが一人死んだところで、何だって言うんだ」

「貴様っ!」

 駿は真境名に向かって怒号を発する。真境名の隣で遊川は怯えるが、彼自身は微動だにしない。真境名は何かを思いついたのか、一瞬眉を上げた。

「そうだ。お前がそれを持ってこい。これは取引じゃない、命令だ」

 真境名はテッちゃんが持っているメモリスティックを指し、駿に言った。彼は「分かるな?」と言い足した。駿はまだ怒りが治っていない様子だったが、テッちゃんからメモリスティックを受け取り、境目の柵に手をかけて中へ入った。

 感情を抑えるようにゆっくり歩いて、真境名と遊川のいるステージへ近付いた。ベッドの手前で足を止め、真境名に向かってメモリスティックを差し出した。真境名は自然と手を伸ばし、それを掴んだ。

「どうした? 手を離せ」

「いい気になるなよ、出来損ないの神様が」

 駿はグッと手に力を込め、メモリスティックを握り潰した。真境名は目の前の出来事にも狼狽えることなく、駿の身体を小突いた。彼の全身から体液が吹き出し、駿の肉体はその場に崩れ落ちた。

「交渉決裂ってことでいいんだな?」

 真境名の鋭い視線がこちらに向けられた。冷たい声で、静かな怒りが込められている。僕は桂花さんに目で合図して、腰に備えていた拳銃を握りしめた。桂花さんは「みんな逃げて」とその場で固まっている家族、クラスメートに呼びかけた。僕は真境名との距離を詰め、彼に狙いを定めて引き金を引く。慌てたのが良くなかったのか、慣れのせいで感覚が狂ったのか、急所を外れた。大きな血管には当たったらしく、被弾の衝撃で後ろに倒れた。

 真境名の横で怯えている遊川が目についた。生まれたままの姿に薄い布で体を隠し、体つきや顔こそ立派な大人なのに、表情がどこか幼い。僕は機械的な動きで彼女の眉間に銃口を当て、頭を空っぽにして引き金を引いた。

「貴様ぁ!」

 僕の背後にいた真境名が体制を整え、死角から迫ってきた。僕は咄嗟に距離を取るが、襟を掴まれた。真境名の左手には、正体不明の棒状のものが握り締められていた。僕はそれが身体に押し当てられる前に、真境名の眉間に狙いを定めて引き金を二度引いた。身体の奥から何かが蠢くような感覚と、熱の塊が湧き上がってくるのを感じる。全身に熱さが広がっていくのを感じながら、意識も一緒に遠のいていった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。