2231(仮) 第四三話

 米利刑事の運転するパトカーは、先に到着していた大都エンジニアリングの社用車に並行する形で停められた。どちらもハチ公タワーの横に、バックで駐車されている。

 パトカーを降りると、米利刑事は大都のバンへ近付いた。何やら挨拶を述べながら、車内の人とやり取りしている。僕らはそれをパトカーの横で眺めながら、力強く朝日を跳ね返しているハチ公タワーを見上げた。

 全く見えそうにない先端を見ていると、自然と口が開いていく。

「貴女は中で待っててもいいんじゃない?」

 ポカンと開けた口が徐々に乾いていくのを感じていると、横で織林刑事が桂花さんに声をかけていた。二人のやり取りに視線を移すと、桂花さんは恥ずかしそうに慌てて口を閉じていた。恥ずかしさを紛らわすためか、慌てた様子で髪を整えている。

「ここまで来たんだから、最後まで見届けます」

 桂花さんの言葉に、織林刑事は「そう?」と返した。どこかで待つつもりなら、ココまで来る必要すらない。空湖さんやご家族と共に、中之島のホテルで最後の時間を過ごしていても結果は変わらないだろうに、わざわざココまで来るからには、彼女なりの理由や意思があるのだろう。ただ、その理由が何なのかは、僕には予想が付かない。

「じゃあ、終わったらお返ししますんで」

 米利刑事が鍵束を受け取ると、大都の社員は「お願いしますよ」と言い残し、バンを発進させた。そのまま、会社へ戻るようだ。米利刑事は走り去るバンに頭を下げ、車を最後まで見送ってから、僕らの方へやって来た。

「さあ、中へ入るぞ」

 彼は鍵束を鳴らしながら、ハチ公タワーの扉へ近付いた。彼が鍵を開けるのに合わせ、僕らもそちらへ接近する。小さな金属音を響かせながら、中へ入るための扉が開く。米利刑事は鍵束を無くさないよう、ズボンのポケットにしまった。

 開いたドアから一足先に中を覗き込んだ織林刑事は、「おお」と声を漏らした。意外と中は広いが、これといったものは特にない。高さと重量を支えるだけの広さが取られ、その分だけ、空洞が広がっている。

 ただ、内部は空調が効いているのか、外部より若干空気が冷たい。

 人感センサーでもついているのか、僕らが中に入ると照明も点灯した。頭上から直接的な光が降り注ぐ作りではなく、光源がどこにあるのか直接見えないようにして、要所要所で足元を照らす間接照明になっている。

 地下へ続く階段や、さらにその先へ抜ける扉も見えた。地下へ続く階段の延長のように、外周をぐるぐる回る螺旋階段が、上の方まで続いている。

「もしかして、上までズーッと階段なの?」

 織林刑事は階段の行く先を辿りながら言った。

「いや、二、三階分ほど上がれば、途中まで上がるエレベーターがあるらしい」

 米利刑事は、大都の社員から説明を受けたようだ。織林刑事はそれを聞いて、「途中までって」と呟いた。

「俺も詳しくは知らんが、エレベーターの先は一旦外に出て、梯子でさらに登るらしい」

 彼はそう言いながら、「とにかく、行くぞ」と織林刑事の背中を叩き、螺旋階段を登り始めた。織林刑事は「セクハラですよ」と文句を言いながら、彼の後ろに続いた。桂花さんがその後に続き、僕の方を見て「ほら、行くよ」と言った。僕は彼女に促されるまま、先が見えない階段を登り始めた。

 四角い辺に沿って備え付けられた階段を、グルッと三周ほど周る。踊り場というか、展望スペースみたいな足場に出た。全周がガラス張りになっていて広く外が見渡せる、ということはなく、城の外壁に設けられた小窓のように、海側に設置された望遠鏡に合わせた小さな窓があるだけだった。

 足場の真ん中に、「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉と、そこから真っ直ぐ頭上に伸びる柱があった。この扉の奥に、上へ進むエレベーターがあるらしい。米利刑事は鍵束を取り出し、鍵穴に当てはまりそうなものを選んで差し込んだ。一回で正解を引いたらしく、すぐにロックが解除され、扉が押し開けられた。

 扉の向こうは、エレベーターを中心に据えた細やかな空間が設けられていた。上に向かう呼び出しボタンしかついておらず、ボタンを押すと即座に扉が開いた。中に入っても、操作パネルにボタンは「屋上」と「ロビー」、「開」と「閉」の四つしかない。

 米利刑事は全員乗り込んだのを確かめると、「屋上」のボタンと「閉」のボタンを押した。ゴンドラのドアが閉まると、すぐに箱が動き始めた。残念ながら外が見える作りにはなっていないし、どのぐらいの速度で上昇しているのかも分からない。微かに、上に引っ張り上げられている感覚をしばらく味わっていると、今度は緩やかな減速を感じる。

 最上階に着いたのか、ゴンドラが軽い衝撃で揺れ、すぐ静かになった。到着を通知する音が響くと、ゆっくりドアが開く。ドアの向こうは、本当にエレベーターが動いたのか一瞬分からなくなるぐらい、すぐに分かる変化はなかった。辛うじて、周りの空間が若干狭くなっているのが分かるぐらい。

 乗る前の空間より、若干照明が少ない。目を慣らしながら周囲を見回すと、左手の方に短い階段があった。僕を含めて全員が「まだ登るのか」と言いたそうに顔を歪めるが、他に出入り口っぽいところは見当たらない。最初に腹を括った米利刑事が、踏むと甲高い音がするステップを登り始めた。

 階段の先に、両手で掴んで上に押し上げるタイプの扉があった。

「この先が屋外みたいだな。準備はいいな?」

 米利刑事はそう言いながら、こちらの返事を待たず、ステップの一番上で踏ん張って重そうな扉、ハッチを上に押し上げた。隙間から差し込む光に目を細めながら、足元の安全を確かめつつ外に出る。

 地上三〇〇メートルと行ったところか。海面は、ズッと下の方に見える。

 この辺りまで来るともっと狭いのかと思いきや、しっかり歩き回れるスペースがある。転落防止の柵、手すりも整備されていた。

 出入り口のところから右手の方に、さらに上へ登るための梯子が設置されていた。ここから一回りも二回りも細長くはなるが、まだまだ上がある。梯子のそばまで行くと、「ヘルメット着用」だの、「命綱確認」と言った注意書きも掲示してあった。そういえば、メンテナンス要員の彼らは、それらしいロープや装備を持っていた。

 今から取りに戻る時間は多分ない。上空の白い月を眺めながら、しっかり梯子を握りしめ、一歩一歩上がっていく。どこまで続くか上を見たいが、真上に桂花さんの足、その先には織林刑事のスカートの中が見えてしまうので、グッと堪えた。目の前の変わり映えしない光景と、一段一段しっかり踏み締める足に意識を集中させた。

 時折強い風が吹くのにも耐えながら、一〇メートルほど登った。先に上がっていた織林刑事、桂花さんの手も借りて、梯子を登り切ると、そこにも広大なスペースが広がっていた。すぐそこに、ヘリポートを示すマークも描かれている。

「ヘリでも来れたんじゃないですか」

 ヘリポートのマークを見た織林刑事は、周囲の様子を探っている米利刑事の背中に向かって叫んだ。彼女は、強い風に乱れる髪を必死に抑えていた。

「そんなもん、要請してる時間なかっただろ?」

 米利刑事は織林刑事に言い返し、「お前も真面目に調べろ」と叫んだ。彼は、目の前に屹立している黒い柱と向き合っていた。横にヘリが停泊してもぶつからないような位置から、登ってきたのと同じくらいの長さで、まだまだ上に向かって伸びている。ただ、ここから上に行く手段はないらしい。

「大都の連中は、すぐに分かるって言ってたんだけどな」

 米利刑事は、それなりに太さのある柱を念入りに触りながら、目的のものを探す。錆や風化のせいなのか、あるいは塗料やそもそもの設計の問題なのか、メンテナンスに用いるパネルやボタンは簡単に見つからない。

 目をよくよく凝らすと、鍵穴っぽいものが見えた。そこを中心に、小さなボックスが嵌め込まれている。

「おお、コレか」

 僕が見つけたボックスに、米利刑事も気がついたらしい。彼は鍵束を取り出して、小さな鍵をその鍵穴に差し込んだ。鍵束ごと捻って引くと、そのまま開いた。その中に、上向き三角が書かれたボタンと、下向き三角が書かれたボタンが収まっていた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。