2231(仮) 第四六話

「ちょっと、話が違うじゃない」

 桂花さんは真境名の腕の中でもがきながら、彼を必死に非難するが、真境名は全く動じない。彼は彼女が暴れるのを力で押さえ込み、「うるさい女だな。これだから、ガキは嫌いなんだ」と吐き捨てる。

「死にたくないなら、大人しくしろ」

 真境名に銃を突きつけられ、彼女は激しい抵抗を諦めた。

 米利刑事はその様子を見ながら、悔しそうに地団駄を踏んだ。

「ああなるって、分かってただろうに。どうするんだよ、おい」

 米利刑事はそう言いながら、僕の方を見た。僕の顔を見られても、なんともしようがない。真境名が約束を反故にして人質になるだけなのは、彼女にも予想がついただろうに。自分の手が真っ赤になるのも構わず、僕の頬を張り飛ばしてまで向こうへ行った彼女の考えが、僕には全く分からない。

 上の方で、一瞬光が走った。心を不安にさせるあの音が、頭の上で鳴り響く。屋外で雨粒を浴びながらの雷は、流石にちょっと怖い。一瞬ビビったのは僕だけではなく、織林刑事や、真境名の下にいる桂花さんも、身体をかがめた。光から頭を背ける。

 真境名は桂花さんの頭を撫でながら、彼女を落ち着かせるためか、何やら言葉をかけている。もっとも、彼女の顔や嫌そうな反応を見るに、その声は逆効果なようだ。

 僕は、徐々に雨脚が強くなり始めた空模様にも気を取られた。

「どこ見てんだ。集中しろ」

 米利刑事の声に、反射的に「すみません」と答え、大人たちの話に混ざる。

「時間もあんまりないぞ」

 米利刑事は腕時計を僕らに見せた。まだ一時間もあると思っていたのに、あっという間に、残り時間は三〇分を切ろうとしていた。何かに気を取られて、ボサっとしている暇はない。

 織林刑事は、向こうの方でふたりの世界に入ろうとしている真境名と桂花さんに視線をやった。

「なんとかして奴を排除したところで、無駄なんですもんね」

 織林刑事の言葉に、米利刑事が渋面を作って頷いた。今から応援を要請して、アイツが生み出した「予備」とやらを全て排除するのは難しい。そもそも、どこにどんな形で潜伏しているのかも、明らかになっていない。

 凍結申請が、「送信完了」から先に進まないのは、僕より上位の有資格者、真境名が居るから。予備とやらも、恐らく同等の存在なのだろう。彼は、桂花さんのことを助けると言っていたが、あの様子では何かの手を打つつもりもないらしい。

 米利刑事は意を決した表情で、真境名の方へ近付いた。

「お父さんも、ここの関係者だったらしいな。こんなことをして、ご両親に申し訳ないとは思わないのか」

 真境名は顔を上げ、米利刑事の方を見た。

「今更泣き落としですか。流石に古すぎですよ」

 真境名は両肩をすくめた。これ以上はコミュニケーションをする価値もないと判断したのか、それっきりでそっぽを向いた。雨に煙る街や海を見下ろしている。

 米利刑事は「くそ。ダメだったか」と、本気で残念そうに肩を落とした。織林刑事はそれを見て、「当たり前ですよ。何、考えてんですか」と厳しい口調で言う。二人とも、雨に打たれて久しく、どちらも頭の上から足の先まですっかりずぶ濡れになっている。

 真境名の横で、彼の行動に付き合わされている桂花さんも、それは変わらない。雨雲で陽が翳ったせいで、元々の肌寒さがより一層強まっている。強い風が吹けば、体温はどんどん失われていく。

 僕が見ているのを察したのか、真境名は桂花さんの手を引いて歩き始めた。ハシゴの方へ向かっているらしい。桂花さんはささやかな抵抗を続けるが、彼に腕を引かれているせいで、引きずられる格好になる。

 僕はカバンの中を探り、折り畳み傘を掴んだ。右手にそれを持ち、両手を頭の上に上げる。何も持っていないことをアピールしながら、二人の方へ近付いた。

 僕の接近に気が付いていた真境名は足を止め、こちらに振り向いた。

「今更、何の用だ?」

「傘ぐらい、持っていけばどうかと思って」

 僕は真境名に向けられた銃を警戒し、少し離れたところで立ち止まった。

「そんなガラクタ、今更要らん」

 彼は僕の持っている傘が、中程から折れ曲がっているのを、しっかり確かめた。その目で、桂花さんの顔を見る。

「お前の形見として、受け取ってやろう」

 真境名は銃を持ったまま、床を差した。僕は彼に視線を定めたままゆっくりしゃがみ、傘を足下に置いた。彼は「そうだ。それでいい」と言い、僕に下がれと手で合図した。僕は、傘を置いた場所から二、三歩下がった。

 真境名は、桂花さんの背中に銃口を当て、彼女を傘の方へ押した。

「取りに行け。ほら」

 彼女の背中に狙いを定めたまま、彼女を先に歩かせる。彼女が傘へ近づくと共に、真境名も徐々に近付いてくる。自信に満ちた、実に悠々とした足取りだった。

 桂花さんの顔を見やると、力強い目でじっと僕を見つめていた。僕と視線がかちあうと、彼女は身を低くしてコチラに走り寄った。不意を突かれた真境名は「くそっ、コイツ」と叫び引き金を引くが、近くへ落ちた雷に視界を奪われ、桂花さんの足首を撃つのが精一杯だった。僕の後ろで構えていたらしい、米利刑事、織林刑事の銃が桂花さんの逃亡を援護する。そのうちの一発が真境名の右肩を撃ち抜いた。

 僕は足首を撃たれ、目の前に倒れている桂花さんに駆け寄った。彼女は、撃たれた箇所を手で押さえながら、もう片方の手で僕がそこへ置いた傘を引き寄せた。

「あとは、頼んだ」

 彼女は僕の胸に折れた傘を押し付ける。僕は意味が分からないなりに、それを受け取った。後ろから、米利刑事、織林刑事が駆け寄ってきて、僕らを守ろうと前に出る。肩を撃ち抜かれた真境名は体制を整え、銃を左手に持ち替えていた。

 激昂した様子で、呼吸も荒い真境名は銃を構え直し、銃口をコチラに向けた。

「この野郎っ!」

 米利刑事は一気に距離を詰め、真境名の腰にタックルを決めた。狙いを外した銃弾は、織林刑事の前髪を打ち抜き、空中へ抜けていった。織林刑事は、雨で足元を滑らせ、仰向けに倒された真境名の動きを止めるべく、米利刑事のサポートに回った。

「ほら、早く」

 桂花さんは、ボサッと突っ立っている僕の背中を押した。僕は傘の折れた骨組みをじっと見つめ、二人に抑え込まれている真境名に視線をやった。僕は傘を床に叩きつけ、余計な部分を取っ払う。

「脚を抑えて」

 僕は、暴れる真境名を押さえつける二人に、追加の注文を叫んだ。米利刑事は「何、脚だ?」と文句を言いながら、織林刑事との連携の末、なんとか右足を抑え込んだ。僕は雄叫びを上げ、途中折れて鋭利な切断面が出ている取手の先を、固定された真境名の足を目掛けて突き刺した。足裏、土踏まずのところに、グリップの部分を残して深々と入っていった。

 真境名の悲鳴がそこら中に響き渡った。まだ息はあるようだったが、暴れる体力は無くなったらしい。大人しくなった真境名を米利刑事が一人で抑え込んだ。

「時間がないよ。ほら、早く」

 真境名に留めを刺して放心していると、立ち上がった桂花さんが僕に声をかけてきた。彼女は何の躊躇いもなく、僕が突き立てた傘を引き抜く。真っ赤に染まった鉄の棒には、真境名の血や肉片が付着していた。

 彼女はそれを、僕の右掌に擦り付け、柱の方へ向けて僕の背中を押し出した。

「いいから、走れっ」

 僕にそう命じた彼女も、鉄の棒を投げ捨て黒い柱に向かって走り出した。足首を負傷しているとはいえ、彼女の方がやっぱり足が速い。彼女はハチ公の操作パネル側に回り、僕をカードリーダーの方へ行けと顎で示した。

 僕はまだ事態が飲み込めない状況の中、ICカードを取り出して、真境名の血がこびりついたままの右手で、カードリーダーにそれを押し当てた。一瞬、ハチ公の目が小さく光った。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。